歌の部屋





アルフォンシーナと海 (Alfonsina y el Mar)


波に洗われる柔らかな砂に
彼女の足跡はもう戻らない
苦悩と沈黙だけの狭き道は
深い水底へと行き着いたのだ
言葉にならない悲嘆ばかりの狭き道は
海の泡へと消えたのだ

神は知っている。どれだけの苦しみがお前につきまとったのか
思い出の果てからつづく痛みが、どれだけお前の声を奪ったのか
どうして海の巻き貝の優しい歌に身をゆだねていくのか
暗い海の底で、巻き貝が歌う歌に

お前は行く、アルフォンシーナ。孤独とともに
どんな新しい詩をさがしに行ったのだろう
風と潮の奏でる太古の声が
お前の魂を呼び、運び去っていく
そしてお前は彼方へ行くのだ。まどろむかのように
アルフォンシーナよ、海をまとって眠るがいい

5人のセイレーンがお前を連れ去ったのだ
海藻と珊瑚の道を抜けて
青く光る海馬たちは
お前のそばをめぐるのだろう
水に棲まうものたちはもう
お前のそばで戯れはじめる

灯りをもう少しだけ暗くして
乳母よ、安らかに眠らせていて
もし彼が呼んでも、私がいるとは言わないで
アルフォンシーナは戻らないと言って
もし彼が呼んでも、私がいるとは決して言わないで
私は行ってしまったと言って

お前は行く、アルフォンシーナ。孤独とともに
どんな新しい詩をさがしに行ったのだろう
風と潮の奏でる太古の声が
お前の魂を呼び、運び去っていく
そしてお前は彼方へ行くのだ。まどろむかのように
アルフォンシーナよ、海をまとって眠るがいい





ロコへのバラード (Balada para Loco)


ブエノスアイレスの午後なら知っている
出かけるたび、ありきたりの日々の繰り返し
私も町も
そこへいきなり、あの木の後ろから
ほら、ひょっこり現れるのよ
おかしな格好で、時代後れの放浪者か
金星へ一番乗りする密航者みたい

頭にかぶったメロンの帽子
肌に描いたシャツの縞
足にくっつけた靴底
それに両手にはタクシーの空車の旗印
もしかして、私にしか見えていないのかしら

人混みの中を彼が歩けば
ショーケースのマネキンはウインクし
信号はどの色も空の青
そして角の果物屋に実るオレンジは
もちろん花びらを降らせるわ
彼は踊るように羽ばたくように
メロンの帽子を脱いで
私にお辞儀して、旗を見せてこう言うの

そうさ俺はイカれてる、イカれてる、イカれてる
カジャオ通りを転がる月が見えないか
宇宙飛行士と子どもたちが
俺の周りでワルツを踊ってるだろう「踊れ、おいでよ、飛び上がれ!」

そうさ俺はイカれてる、イカれてる、イカれてる
スズメの巣からブエノスアイレスを眺めるんだ
そしたら君がとても悲しそうにしていた「おいで、飛べよ、聴くんだ!」
ロコが献げる調子っ外れの歌を

ロコ!ロコ!気狂いさ!
ブエノスアイレスに住む君の孤独に夜の帳が降りる時
俺は君のシーツの岸辺にやって来る
ひとつの詩とトロンボーンを携えて
君の心を眠らせはしない

ロコ!ロコ!気狂いさ!
頭のおかしな軽業師みたいに
胸の深い谷間で飛び跳ねよう
解き放たれた君の心が狂い出すのを感じるまで
さあ、ごらんよ!

そんな風に、ロコは私を誘うの
俺の妄想のスポーツカーに乗ろうって
二人は崖っぷちを駆け抜けていく
エンジンはツバメなの

「万歳!」精神病院から私たちを讃える
愛を発明した気狂いたち
天使と兵士と少女とが
二人をワルツにいざなう

美しい人たちが出迎えてくれるわ
気狂い男、私のロコはまあ!
笑い飛ばして鐘楼の鐘を揺らすのよ
そして最後に私を見つめて、そっとこう歌うわ

こんなにもイカれた、イカれきった俺を愛してくれ
俺のこの狂った愛の高みへ行って
ヒバリの羽をかぶるんだ「飛び上がれ!」
「俺と飛ぶんだ!」「おいで、飛べよ、おいで!」

こんなにもイカれた、イカれきった俺を愛してくれ
愛を解き放って、ロコの魔法を
すっかり目覚めさせてやろうぜ
「おいで、飛べよ、おいで!ラリラ、ラララ、ハハハハハ!」

彼はロコ!私もロコ!
みんな!世界中みんな、みんなロコよ!
全世界はロコ!
彼はロコ!私もロコよ!

※スペイン語でlocoは狂人。女性形はloca





さくらんぼの実る頃 (Le Temps de Cerises)


さくらんぼの実る頃には
陽気なサヨナキドリも、おしゃべりなツグミも
みんな浮かれ騒ぐ
きれいな娘たちはすっかり舞い上がり
恋人たちの心を陽が照らす
さくらんぼの実る頃には
おしゃべりなツグミは麗らかにさえずる

だけど、さくらんぼの実る頃はとても短い
夢見る恋人たちが
さくらんぼの耳飾りを摘む頃は
おそろいの服を着た恋するさくらんぼは
葉陰にぽたりと血のように落ちて行く
だけど、さくらんぼの実る頃はとても短い
夢見心地に赤い珊瑚の実を摘む頃は

さくらんぼの実る頃は
恋の痛手がこわいなら
美人を避けなさい
僕はむごい痛みだって恐れないし
苦しみなく生きようなんて思わない
さくらんぼの実る頃は
あなたもきっと恋に苦しむ

僕はいつも、さくらんぼの実る頃を愛する
そうあの頃から僕の胸には
傷口がひとつ開いている
たとえ運命の女神がやって来ても
この苦しみは決して消えはしない
僕はいつも、さくらんぼの実る頃を
そして胸に残る思い出を愛する





夢見るシャンソン人形 (Poupee de Cire Poupee de Son)


私はロウのお人形
綿のぬいぐるみ
胸には歌が刻んであるの
ロウの人形、ぬいぐるみ
どうせ私は
サロンのお人形
人生ばら色のあめ玉ね
ロウの人形、ぬいぐるみ

私のレコードは鏡なの
覗けばどれも私が見える
私はそこらじゅうにいるの
幾千もの声になって散らばるわ

私の周りで笑っているの
紙の人形たちが
私の歌で踊っているわ
ロウの人形、ぬいぐるみ
誘われるのを待っているのよ
ハイでもイイエでも
愛なんて歌の中にしかないわ
ロウの人形、ぬいぐるみ

私のレコードは鏡なの
覗けばどれも私が見える
私はそこらじゅうにいるの
幾千もの声になって散らばるわ

時々ひとりで溜め息をつくの
こんなふうに空っぽの愛を歌って
何になるのって
男の子なんて知らないくせに
私はただのお人形
綿のぬいぐるみ
金髪のお日さまをかぶっているの
ロウの人形、ぬいぐるみ
でもいつか歌みたいに生きるのよ
ロウの人形、ぬいぐるみ
男の子たちが熱を上げても怖がらないわ
ロウの人形、ぬいぐるみ





ローレライ (Die Lorelei)


僕はわからない。どうしてこんなに
悲しいのだろう
遠いむかしの物語が
胸から離れない
涼やかな風、空は暮れ行き
ライン川は穏やかに流れる
そして山の頂は
夕日にきらめいている

いとも美しき乙女が
ほら頂にいる
黄金の飾り物が輝き
黄金の髪をくしけずる
黄金の櫛でくしけずりつつ
乙女は歌をうたう
その調べは夢見心地に
心をかき乱す

小舟に乗った船乗りは
狂おしい悲しみに捕らわれる
船乗りは岩が見えていない
ただ高みに見とれている
ついには舟も船乗りも
波に呑まれてしまうだろう
それは歌をうたう
ローレライのせいなのだ





月の光に (Au Clair de la Lune)


月明かりの下
ねえ、ピエロ君(訳註:ピエロは人名ピエールの愛称でもある)
ペンを貸してよ
手紙を書くんだ(訳註:古い歌詞はペン(plume)ではなく光(lume)であったらしい)
ロウソクが消えて
もう火がないんだ
扉を開いて
神の愛のもとに

月明かりの下
ピエロは言った
僕はペンはないし
ベッドの中だよ
隣へお行きよ
きっと居るから
だって台所で
火打ち石を鳴らしたよ

月明かりの下
優しいリュバンが(訳註:この人名はリボン(ruban)とかけている?次に黒髪と来るので)
黒髪の女を訪ねると
すぐ声がした
そんなにノックをするのは誰
彼はこたえた
扉を開けて
愛の神にかけて

月明かりの下
仄かな光で
ペンをさがして
ともし火をさがした
あんなにさがして
何を見つけたのか
だけど二人の後ろで
扉は閉じた





海賊ジェニーの歌(Seerauberjenny)


皆さんはご覧になる、私がグラスを洗うのを
私は毎日ベッドを整える
あなたは1ペニーくれて、私は慌てて礼を言う
私はぼろ着でホテルもぼろぼろ
あなたは知らない、誰に口をきいているのか
あなたは知らない、誰に口をきいているのか
だけどある晩、港は大騒ぎ
人は尋ねる「何の騒ぎだ」
グラス越しに私が微笑むのが見える
こう言われるわ「何をにやにやしてるんだ」

8枚の帆を張って
50の大砲を積んだ船が
波止場にやって来る

人は言うわ「あっちでグラスを洗ってな」
そして私に1ペニーよこす
チップは取るし、ベッドもきれいになる
でもその夜は片時もそこで眠りやしない
あなたはまだ知らない、私が誰なのか
あなたはまだ知らない、私が誰なのか
だけどある晩、港に爆音が上がる
人は尋ねる「何の音だ」
私が窓辺に立つのが見える
こう言われるわ「何笑ってるんだ、気持ち悪い」

8枚の帆を張って
50の大砲を積んだあの船が
町を砲撃する

皆さんの笑いはぴたりと止まる
壁ががらがら崩れ落ちるから
たちまち町は焼け野原
ぼろホテルがぽつんと残ってる
人は尋ねる「どんな特別な人がいるんだ」
人は尋ねる「どんな特別な人がいるんだ」
その夜ホテルの周りは大騒ぎ
人は尋ねる「どうしてここは無事なんだ」
そして明くる朝、私がドアから出て来るの
こう言われるわ「あの女が中にいたのか」

8枚の帆を張って
50の大砲を積んだあの船が
マストに旗を掲げる

昼間には百人の男どもが降りて来て
日陰を進んで行く
そして全部の家から一人残らずひっ捕まえて
鎖につないで私の前に連れて来る
そして尋ねるの「どいつを殺しましょうか」
その昼、港は静まり返る
人は尋ねる、誰が死ぬことになるんだろうって
その時私はこたえるわ「全員よ!」
首が転がり落ちるたび、こう言ってあげる「あらら」

8枚の帆を張って
50の大砲を積んだあの船が
私を乗せて消えて行く




すみれ (Das Veilchen)


野原にすみれが咲いていた
うつむいていて、人に知られぬ
愛らしいすみれだった
羊飼い娘がやって来た
足取り軽く朗らかに
こちらの方へ、こちらの方へ
野原を来たり、歌をうたった

すみれは思った。ああ、せめて私が野原の中で
いちばんきれいな花だったなら
ああせめて、ほんの少しだけ
あの可愛い人が私を摘み取り
ぐったりするほど胸に押しつけてくれたなら
ああせめて、ああせめて
ひとときに足らずとも

ああしかし、娘は来たが
すみれに気づきはしなかった
そしてこの、可哀想なすみれを踏みつけた
すみれは折れて死んでしまった。でも、すみれは嬉しかった
何故なら私は、それでも死んで行けるから
かの人により、かの人により
その足下で




歓喜の歌 (AN DIE FRUDE)


歓喜よ、輝く聖なる火花
楽園の乙女子よ
我らは熱き思いを抱き
汝れが聖所に歩み入る

時代の刃の分かてしものを
汝れが魔術は結びつけ
汝が安らけき翼の下に
物乞いは王のはらからとなる

一人の友を友とする
偉業をなせし者たちよ
あるいは一人の愛する妻を
勝ち取りたりし者たちよ
歓びの声を一つとなさん
さなり、この世に一人といえど
共に在るなら声を合わせよ
そして、それの叶わぬ者は
涙し静かに去るがよい

すべての者よ、歓喜を受けよ
自然の胸に抱かれて
善き者、悪しき者も皆
彼女の薔薇の歩みをたどる
自然は我らに口づけと葡萄
死をも分かてぬ友を与えた
地を這う虫も恍惚に酔い
智天使は神の御前に立つ

天界の栄えある思し召しにより
空を行く太陽のごと喜びて
兄弟よ、そなたの道を翔り行け
晴れやかに勝利へ向かう勇者のごとく

諸人よ、共に抱き合おう
全ての世界に口づけよう
兄弟よ、星の天穹の果て
慈愛の父は必ずあらん
諸人よ、跪くのか
世界よ、神を感じるか
星空の果てへ尋ね行こう
かの方は、星の彼方に必ずあらん

  

 

inserted by FC2 system