『パリの憂愁』 (21~30)

(+関西弁対訳『なにわの憂愁』)





21 誘惑  あるいはエロス、プルート、そして名声


 昨夜仰々しい魔王が二匹と、それに劣らずただならぬ女悪魔が、魔性の物が眠っている無防備な人間を襲撃して取引するための秘密の階段を上って来た。彼らは光輝をまとい、演壇に立つかのように私の前に立ち現れた。硫黄を燃やしたように燦然として、ぬばたまの夜の深みに浮かび上がっていた。彼らがあまりに高慢そうで威圧的だったので、僕は最初三人とも本当の神なのかと思った。

 一匹目の魔王は両性的な顔立ちで、体の線は古のバッカスのようにふしだらだった。憂いを帯びた美しい両目は、通り雨の重たい滴をたたえつづける菫の花を思わせた。緩んだ唇は、香水のかぐわしい匂いを撒き散らす熱き香炉のよう。溜め息をつくたび、麝香の香のする虫たちが飛び回ってきらきらとした。
 深紅の衣には、帯の代わりに玉虫色の蛇が巻き付いていた。蛇は鎌首をもたげ、ぎらぎらとした悩ましげな眼差しを彼に投げかけていた。その生きた帯紐には、不気味な液体の満ちた小瓶とまばゆく光る短刀と手術器具が、かわるがわるぶらさがっていた。彼は右手に、中身が赤く光っている別の小瓶を持っていた。その小瓶には「飲め、これは我が血。極上の精力剤」という奇妙な文言を記したラベルが貼ってあった。左手には、自身の快楽と倦怠を歌って、サバトの夜に狂気を蔓延させるために携えているのであろうバイオリンがあった。
 優美なくるぶしからは、ちぎれた金鎖の環が垂れ下がっていた。それが窮屈で視線を地上に落とさざるを得ない時は、細工を尽くした宝石さながらに磨き上げた足の爪に我ながら惚れ惚れと見とれるのだった。
 彼は僕を深く傷つき悲しみにくれた瞳で見つめた。そこにはあざとく人を酔わせる香気がただよっていた。彼は僕に、歌うように語った。
「もし望むなら、私はお前を人間どもの王にしてやろう。彫刻家が粘土を意のままにするにも勝り、お前はその生きた素材を意のままにするのだ。お前自身の外へ出て他者の内で己を忘れる楽しみや、お前の心と一つになるまで他者の心を魅了する楽しみが、尽きしもせずやって来るぞ」
 僕は彼にこたえた。
「余計なことだ。僕はみじめな自分よりましでもないような連中を、安物買いなんてするものか。自分の事を顧みると幾分恥ずかしくはなるにせよ、僕は何も忘れたいとは思わない。使い古しの妖怪め、例えお前のことを知らなくてもこたえは同じだ。お前の奇妙な刃物やいかがわしい硝子の小瓶、それに足に絡みつく鎖は、お前の厚意は厄介だということを確かに物語る証だ。贈り物はお前が持っておくといい」

 二匹目の魔王は、さっきのような悲嘆と微笑を共にたたえた面持ちもなく、華麗な物腰で媚を売ることもなく、繊細で匂い立つ美しさもなかった。それは巨大な男で目のない大きな顔をしていて、でっぷりとしたどてっ腹が腿の上に突き出していた。肌はどこもかしこも入れ墨のように金で覆われて彩飾され、そこにはこの世の数々の苦しみをかたどった群衆の小像がうごめいていた。自ら好き好んで釘に引っかかる痩せこけた小男。震える両手では足りず、物欲しそうな目でも施し物を乞い求める醜いがりがりの小人。さらには老いた母親が、しなびた乳房にしがみつく肥立ちの悪い子どもを連れていたし、他にもまだまだいた。
 肥満した魔王は、ばかでかい腹を拳で叩いた。すると金貨をぶつけ合うような音が長々と響き渡り、数知れぬ人間たちの漠とした呻きとなって果てていった。彼は乱くい歯を臆面もなくさらけ出して笑った。どこの国でもある種の男たちがたらふく食った時にするような、盛大な馬鹿笑いだった。
 そして僕にこう言った。
「俺はお前にくれてやることができるぞ。すべてを手に入れ、すべてに値し、すべてに代わり得る物を」
そして彼がおぞましい腹を打つと、鳴り渡るこだまがこの大言壮語をはやし立てた。
 僕は嫌悪感をもよおしてそっぽを向いてこたえた。
「僕は自分の慰みに誰かの不幸は必要としないんだ。富はお前の肌の上に壁紙みたいに描き出されたあらゆる不幸を伴う。そんな悲しいものは僕は欲しくないよ」

 女悪魔については、僕は一目見て彼女の中に奇妙な魅力を見出したと白状せねば嘘になる。彼女の魅力を言い表すには、盛りを過ぎてもまったく色褪せない、寄る年波に負けずに美貌に魔力を備えつづけた絶世の美女を引き合いに出すより他はあるまい。彼女は高飛車でありながら弱腰だった。目には隈ができているが、魅惑の力が宿っていた。いちばん僕の心を捕らえたのは、彼女の不思議な声音だった。この上なく甘いアルトの歌声と、それから少しばかり、ブランデーにやられたしゃがれ声を思い出した。
「私の力を知りたいか」
と、偽りの女神は扇情的で皮肉めいた声で言った。
「聞くがよい」
 彼女は世界中の新聞の見出しを葦笛のようにリボンで巻いた、馬鹿でかいトランペットを口に当てた。そしてそこから僕の名を叫ぶと、幾千万もの雷鳴の轟きと共に宇宙を貫き、最果ての星からこだまが反響してきた。
「何て奴だ。これはなかなかだぞ」
僕は半ば屈服していた。しかしこの大女を注意深く眺めてみると、おぼろげながら彼女が僕の知っている下衆野郎どもと飲み交わすのを見たように思った。それにしわがれた楽器の音は、どういうわけか僕の耳にポン引きの喇叭を思わせた。
 そこで僕はありったけの侮蔑を込めてこたえた。
「いい加減にしろ。僕は名前を言うのも嫌な連中の女となんて結婚するものか」

 なるほど僕は、果敢に欲望を退けたのだし、誇りに思ってよかった。しかし不幸なことに目覚めると精神力はすっかりなくなっていた。僕は独語した。
「まったく、あんなに気が咎めるとは、よっぽど深く眠りこけていたに違いない。ああ、もしあいつが起きている間に戻って来てくれたら、口うるさいこともそう言わないのだが」
 僕は声高に彼らの加護を祈り、許しを乞うた。彼らの寵愛を得られるのなら、何度でもお気に召すだけ僕に破廉恥な行為をさせてくれと言った。だがきっと僕は逆鱗に触れたのだ。彼らはもう二度と戻って来なかったのだから。


  誘惑


 大そうなサタンが二匹と、おんなしくらいやばい感じの魔女が、きのうの晩やって来てん。人が寝とって無防備な隙を突いて取引きするための、秘密の階段を上って来たんや。そいつら光り輝いて、高座に立つみたいにわしの前に立っとった。硫黄を燃やしたみたいに光って夜の真っ暗闇に浮かび上がっとった。あんまり不遜で偉そうやったもんやから、わしは最初皆ほんまもんの神さんか思たわ。
 一匹目のサタンは男か女かわからん顔で、からだの線が昔のバッカスみたいにしどけなかった。悩ましげな感じのきれいな目えは、驟雨の大粒の滴が残ったスミレの花みたいや。緩んだ口元は、ええ匂いが広がる熱い香炉を思わせる。溜め息をつくたんび、麝香のにおいの虫が飛び回って燦めいたわ。
 真紅の服に、帯やのうて玉虫色の蛇が巻きついとったで。蛇は鎌首をもたげて、ぎらぎらした悩ましげな眼差しをサタンに向けとった。その生きた帯紐には、気色悪い液体でいっぱいの小瓶ときらめく短剣と手術具が交互にぶら下がっとった。右手には中身が赤く光る別の小瓶があった。その小瓶には「飲みなはれ。これはわいの血、極上の元気の薬や」っちゅうおかしな文言を書いたラベルが貼ったあった。左手には自分の快楽と自堕落を歌ってサバトの夜に狂気を蔓延させるためなんやろうバイオリンを持っとった。
 優美なくるぶしから、ちぎれた金鎖の輪がぶら下がっとった。その鎖がきつくて仕方のうて地上に視線を落とす時は、細工をつくした宝石みたいに磨き上げた足の爪に自分でうっとり見とれたんや。
 そいつわしをえらい感傷的な目えで見てきた。そこにはあざとく人を酔わせる雰囲気があった。そいつは歌うように語った。
「もしお望みやったら、わいはあんさんを人間の王にしたるで。彫像家が粘土を思い通りに操るよりも簡単に、あんさんは生きた素材を自分の好きにすんねん。自分自身から抜け出して他人の中で忘我の境地に浸ったり、他人を誘惑して自分の心と一つにしたりしていつまでも楽しめるで」
わしはそいつに言ったった。
「いらんお世話や。わしはみじめな自分よりましなところのない連中の、安物買いはようせえへん。自分のことを思い返すとそらあちょっと恥つかしいけど、そんでもわしは何も忘れようとは思わんわ。時代後れの化けもんが。例えあんさんのこと知らんかってもおんなし答えやわ。変な刃物、いかがわしい硝子瓶に足の鎖、こんなもんあんさんの親切には関わらん方がええに決まっとるわ。贈り物は自分で持っときなはれ」

 二匹目はさっきみたいな憂いと微笑みを一緒くたにした顔もしてへんで、しなを作って媚びも売らず、繊細で匂い立つような美しさもあらへんなんだ。えらいごっつい男で目えのない大きい顔してて、太鼓腹がでっぷり腿の上に突き出しとった。肌はどこもかしこも入れ墨みたいに金箔で飾り立てられてたんやけど、そこにはこの世の色んな苦悩を象った人間どもの小像が蠢いとった。自分から釘に引っかかってるがりがりの小男。両手を震わしてさらに物欲しそうな目えもして施しを乞う醜い痩せこけた小人。年増の母親はしなびた乳房にしがみつく肉付きの悪い子を連れてとったし、他にもまだまだおった。
 デブのサタンはごっつい腹を拳で叩いた。そしたら金貨がじゃらじゃらいうような音が長々と響き渡って、数知れない人間どもの漠とした呻き声となって果てていった。そいつは並びの悪い歯を臆面もなく見せて笑いよった。どこでもたらふく食うたらやる奴がいるような、盛大な馬鹿笑いやった。
 そいつわしに言いよった。
「わいはあんさんにやったってもええで。すべてを手に入れる、すべてに値する、すべてに代わり得るもんを」
そんでおぞましい腹を叩いたら、こだまがわんわんと大言壮語をはやし立てた。
 わしは嫌気がさしてそっぽ向いて言うたった。
「わしは自分が楽しい思いするために人を不幸にしょうとは思わへん。富はあんさんの肌に壁紙みたいに描き出された不幸の限りが伴うし、そんな悲しいもんわしいらんわ」

 魔女のことやけど、白状するとわし一目見ておかしな魅力を感じたんや。あいつの魅力を説明すんには、年増になっても全然色褪せへんような、美貌が破滅に負けへん魔力を持っとる絶世の美女を引き合いに出すより他あらへん。生意気なくせになよなよして、隈のある目えが魅惑的やった。いちばんわしが参ったのは、あいつの妙な声やった。あまったるいアルトの歌声と、それから酒焼けしたしゃがれ声をちょっとばかし彷彿とした。
「あっしの力知りたいんか」
嘘もんの女神はんは色っぽくて皮肉っぽい声で言うた。
「ほな聴きなはれ」
あいつは世界中の新聞の見出しを葦笛みたいにリボンで巻いて出来た、あほみたいに大きいトランペットを口に当てた。そんでからわしの名前を叫んだら、幾千万もの雷鳴の轟きと共に宇宙を貫いて、最果ての星からこだまが帰って来た。
「やるやおまへんか」
わしは降参しかけてた。せやけどこの大女、よう見てみたらぼんやりとやけど、わしの知っとる下衆どもと一緒に飲んどったんやないかと思うた。それにしわがれたラッパの音は何や風俗の音楽みたいやった。
 やからわしはありったけの侮蔑を込めて言うたった。
「もうええわ。わしは名前を言うのも嫌な連中の女とくっつく気はないで」

 ほんまのところ、わしはがんばって欲望を退けたんやし自分を褒めてよかった。せやけど不幸なことに、目が覚めたら気力はからっきしのうなっとった。わしは独りごちた。
「ほんまあんな気が咎めるって、よっぽどぐうすか眠り込んどったんやろうな。ああ、あいつら起きてる間に戻って来てくれたら、やかましい事もそんな言わへんのに」
 わしは声高にあいつらの加護を祈って許しを乞うた。お気に召してくれはるんなら、何度でも欲しいだけわしにみっともないことさせてくれ言うた。やけどきっとわし相当怒らしてもうたんや。あいつらもう二度と戻って来よらんかったしな。


22 日没


 日が暮れる。一日の労苦に疲れ果てた哀れな心に、大いなる安息がもたらされる。思いは今、淡く仄かな黄昏の色になる。
 しかし山の高みから私の窓辺に、空の色を映した厚い雲を突き抜けて大いなる咆哮が響いてきた。それはあまたの不協和な叫びからなり、伝わって来る間に嘆きの調べへと変わった。打ち寄せる潮や湧き起こる嵐のように。
 夜が和らげ得ない不幸とは何だろう。ミミズクでもあるまいに、誰が夜の訪れを、邪教の饗宴の合図と受け取るのか。その不気味なうなり声は、山の上に立つ暗い救済院からのものだった。夜には僕は煙草をくゆらし、広大なる谷の安らぎを見つめる。「今ここに平穏がある。家族の喜びがある」と、どの窓にも書いてあるような家が建ち並んでいるのだ。風が高みから吹き来る時、そうして僕は地獄を模した旋律におののく心を慰める。
 日暮れは気狂いを助長する。日没があらゆる狂気の引き金となる友人が二人いたのを思い出す。一人は友情も礼儀も皆ないがしろにするようになり、野蛮人みたいに初対面の人間に粗暴を働いた。僕は彼がホテルの主人の頭に、見るも見事な鶏の丸焼きを投げつけるのを見た。僕にはわからないが、彼はそこに侮辱的な象形文字を読み取ったような気がしたのだ。夜は味わい深い悦楽をもたらすものだが、彼は最も美味なるものを台無しにしてしまった。
 もう一人は野心に破れていたが、日が暮れるにつれ次第に陰気でとげとげしく意地悪になった。日のある間はまだ寛容で社交的だったが、夜には冷淡だった。他人に対してのみならず自分に対しても怒りをぶつけ、日暮れ時の狂気を煽り立てていた。
 一人目は狂い死んだが、妻子すらわからなくなっていた。二人目は終わりなき狂気に不安を抱えている。共和国や王子様が与えることのできる栄誉を彼にすべて与え尽くしたとしても、黄昏はなおも妄想上の勲章が欲しくなるよう焚きつけるだろう。夜は彼らの精神を闇で満たすが、僕の精神に光を灯す。もっとも同一のものから正反対の結果が生じるのは稀なことで、僕はいつも信じられず恐ろしくなる。
 おお夜よ、冷たい闇よ。汝は僕に精神の祝祭の始まりを告げる。汝は苦しみを解き放つ。広野にぽつんと佇む時も、都市の石畳の迷宮にいる時も、汝は星の瞬きであり、燃え上がる灯火であり、自由の女神の花火なのだ。
 黄昏よ、汝は何と甘く優しいのだ。薔薇色の光がまだ、夜の勝利に抗して昼のあげる断末魔のように地平線にたなびいている。燭台の火が、落日の最後の威光の上に暗い紅色を染め出している。見えない手が重い帳をたぐり寄せ、東洋の深遠さを呼び寄せる。それは人生の荘厳な時に、人間の心の中で錯綜するあらゆる複雑な情感を描き出す。
 黒のヴェールを透かしてスカートのあでやかな燦めきが霞む、踊り子の異国の衣にもなぞらえよう。闇の中に、甘美なる過去の日を透かし見るかのようだ。それは金と銀に瞬く星となって散りばめられて、夜の深き悲しみの内にしか灯ることのない幻想の火を描き出すのだ。


  黄昏


 日が暮れる。一日苦労してくたびれたみじめな心に、壮大なる安らぎがやって来る。頭ん中は、ほんわか優しい夕焼け色や。
 せやけど山の上からわしのいる窓辺まで、空の色に染まったぶ厚い雲を突き抜けてえっらい雄叫びが響いてきてん。それは調子外れのわめき声がいっぱい合わさって、伝わって来る間にひとつの嘆きの旋律になっとったんや。打ち寄せる波とか湧き起こる嵐みたいにしてな。
 夜に和らげることがでけへん不幸ってどないなもんや。ミミズクやあるまいに、誰が夜になったらサバトが始まった思うねん。その気色悪いうなり声は、山の上の陰気な救済院からやった。夜にはわし煙草吸いながら広大な谷の平和な様子を見つめんねんけど、「今ここに平穏がある、家族の喜びがある」っちゅうふうにどの窓にも書いたあるような家が建ち並んどんねん。風が高いとこから吹き下ろす時は、わしそないして地獄さながらの旋律におののく心をなだめるんや。
 黄昏は気狂いを駆り立てる。そういやわしには黄昏のせいで狂気の限りが引き起こされる友だちが二人おったわ。一人は友情も礼儀作法もどうでもよくなって、野蛮人みたいに初対面の奴に殴りかかった。そいつホテルのおやじの脳天に、見るも見事な鶏の丸焼きを投げつけよってん。わしにはわからんけど鶏にそいつをおちょくる象形文字が見えたんやて。夜は味わい深い楽しみをもたらしてくれんのに、そいつはいちばんうまいもんを食いそこねたわけや。
 もう一人は野心に破れた男やったけど、黄昏と共にだんだん陰気でぎすぎす意地悪くなった。昼間はまだ大らかで社交的やったんやけど、夜には冷たかった。他人だけやなく自分にも怒りをぶつけて、黄昏の狂気に油を注いどった。
 一人目は狂い死んだけど、妻子かてわからんようなっとったわ。二人目は終わりの見えない狂気に不安を抱えとる。共和国とか王子様が下さるっちゅう栄誉を皆やったかて、そんでも黄昏は妄想上の勲章が欲しなるよう焚きつけるんやろな。夜はこいつらの精神を真っ暗にするんやけど、わしの精神には光を灯してくれる。もっともおんなしもんから真逆のものが出てくんのは稀やさかい、わしはいっつも信じられへんで怖なるわ。
 おお夜よ、冷たい闇よ。あんさんはわしに精神の祝祭の始まりを告げるんや。あんさんは苦しみを解き放つ。広野にぽつんとたたずんどっても、都市の石畳の迷宮におっても、あんさんは星の瞬きで、燃える灯火で、自由の女神の花火なんや。
 黄昏よ、あんさんは何て甘美で優しいんや。今もばら色の光が、夜の勝利に逆らって昼が上げる断末魔みたいにして地平線にたなびいとる。燭台の光が落日の最後の威光の上に、暗い紅色を染め出してる。見えへん手えが重い帳を引っ張って東洋の深遠さを呼び寄せる。それは人生の大事な時に人の心の中を行き交う複雑な情感にそっくりやねん。
 黄昏は黒いヴェールを透かしてスカートの艶やかなきらめきが霞む、踊り子の異国の衣装さながらや。闇の中に甘い過去の日を透かし見るみたいやわ。それは金と銀に瞬く星になって散らばって、夜の深い哀しみの中でしか灯ることない、幻想の炎を描き出すんや。


23 孤独


 ある慈善家の記者殿は僕に、人間にとって孤独は害になると言う。(訳註:この記者は前作『日没』の二人目の狂人と同一人物)そして自説の裏付けとして、不信心の輩が皆するように、教会の教父の物言いを引き合いに出す。
 悪魔はえてして心の隙間を好むということも、殺意や淫らな心は孤独の中ではやけに燃え上がるものだということも、僕は知っている。しかし孤独は、遊び暮らして妄想を膨らましている奴らの、ものぐさで締まりのない精神にとってのみ危険なのではなかろうか。
 説教壇や演壇の高みから話すことが至上の喜びだという雄弁家なら確かに、ロビンソンの孤島では気が狂ってわめき出す恐れがかなりある。僕は友人の記者殿にはクルーソーのような勇気ある美徳を求めはしないが、彼には孤独や秘密を愛することがいけないとは言い切らないでもらいたいものだ。
 僕らの人種はしゃべり好きだ。もしもサンテール将軍の太鼓で話の腰を折られる憂慮もなく、死刑台の高みからたっぷりと長口上を述べていいなら、極刑すらそう厭わずに受け入れる連中がいる。(訳註:サンテール将軍は断頭台でルイ16世が演説するのを太鼓の音で邪魔させた)
 僕は彼らを哀れみはしない。察するに演説を披露することは、別の人々が沈黙や内省から得られるのと同じ快感を彼らにもたらすであろうからだ。だけど僕は彼らを軽蔑する。
 あの忌々しい記者殿にはくれぐれも、僕が僕の流儀で楽しむのを放っておいてもらいたい。彼は鼻にかかった説教くさい声で僕にこう言う。「それではあなたは自分の喜びを分かち合うべきだとは全然感じないのですか」ほら、こっそり妬んでいるんだ。僕の方は彼のはいらないと知りながら、僕の喜びを狡猾に掠めに来たのだ。卑劣でうんざりする奴だ。
「孤独に耐えられないという多大なる不幸よ」と、ラ・ブルイエールがどこかで書いている。(訳註:ラ・ブルイエールはボードレールによると『フランスの作家。ベルギーで非常に軽蔑されている』『風変わりなモラリスト』ちなみにボードレールは、ベルギー人を似非ダンディとして嫌っていたとのこと)自分の存在に耐えきれないのが怖いからか、自分自身を忘却するために群衆に殺到する連中を馬鹿にしてやりたいらしい。
「凡そ我々の不幸というものは、自分の部屋にじっとしている術を知らないことから生じる」と、いま一人の賢人パスカルが言っている。彼は黙想のために部屋にこもり、外であたふたしている者どものことを思い浮かべていたのだろうと思う。彼らは幸せを探してじたばたしたり、身売りしたりする。それは今の時代の美辞麗句を用いて言えば「友情」とも呼べるのかも知れない。


  孤独


 ある慈善家の記者はんはわしに、人間にとって孤独は有害や抜かすねん。そんで自説の裏付けに、不信心の連中は皆そうやけど教会の坊主の言うてたことを引き合いに出すんや。
 悪魔はたいがい心の隙間が好きやっちゅうことも、殺意とか淫らな心は孤独の中ではやたら燃え上がるもんやいうこともわかんで。せやけど孤独は遊び暮らして妄想を膨らましてる輩の、ものぐさでだらしない精神にだけ危険なんやおまへんか。
 説教壇とか高座から話すんが何より楽しみやっちゅう話し上戸ならそらあ、ロビンソンの孤島やったらほんま狂ってわめき出すかわからんな。わしは友人の記者はんにはそないな思い切った善行は求めへんにせよ、せめて孤独や秘密を愛したらあかんとは言いきらんといてもらいたいわ。
 わしらの人種は話し好きや。もしもサンテール将軍の太鼓で話の腰を折られる心配もなく死刑台の上からたっぷり長々としゃべくってええんなら、極刑すらそんな嫌でもない連中がおまんな。
 わし、そいつら可哀想とは思わへん。きっと演説して見せたら、他の人が沈黙や内省から得る快感を得られるんやろうからな。せやけどわし軽蔑すんで。
 あのうっとうしい記者はんにはくれぐれも、わしがわし流に楽しんむんを放っといてほしいわ。あいつ鼻にかかった説教臭い声で言いよんねん。「そんならあんさん、自分の喜びを分けてやらなあかんとは全然思わんのんか」ほれ見てみ、こっそり妬んどんねん。あいつわしはあいつのんは要らんと知っとって、わしの喜びを上手いことちょろまかしに来たんや。どうしょうもない下衆やな。「一人でおられへんっちゅうのはごっつい不幸や」言うてラ・ブルーエールはんはどっかに書いとった。自分の存在に耐えられへんのが怖いんか、自分を忘れるために群衆に紛れる連中を嘲っとるみたいや。
「わてらの不幸は皆、自分の部屋にじっとしてられへんから起こるんや」っちゅうふうに、いま一人の賢人パスカルはんは言うとる。パスカルはんは黙想のために部屋に込もって、外であたふたしとる奴らのことを思ったんやろな。あいつらは幸せをさがしてじたばたしたり、身売りしたりする。それは現代の美辞麗句を使うなら「友情」とも呼べるんかわからんな。


24 計画


 人けのない大きな公園を散歩しながら、彼は独り言を言った。
「彼女が贅沢で手の込んだ宮廷衣装に華麗に身を包んだらどんな感じだろう。夕べの美しさの中、あいつは宮廷の大理石の階段を降りて来て、広い芝生と泉へ向かうんだ。だって彼女は何もしなくてもお姫様みたいなんだから」
 その後通りを歩いていた時彼は版画店の前で立ち止まり、カルトンの中に南国の風景画の見本を見つけた。彼は言った。
「違う、僕が愛しい彼女と一緒に暮らしたいのは宮廷の中なんかじゃない。そこは『二人の家』じゃないんだ。そもそも金を張り詰めた壁なんて彼女の肖像をかける場所もないし、あんな厳粛な部屋にいたら、片隅でくつろいでもいられない。やっぱり僕の人生の夢を育むには、この絵みたいなところに住まないとね」
 そして版画を細部まで見分しつつ、心の中でつづけた。
「海辺には木でできた美しい小屋がある。それは名前は忘れたけど、つやのある奇妙な木々に覆われている・・・大気は形容しがたい酔うような匂いがする・・・小屋の中には、薔薇と麝香の強い香気が立ちこめる・・・さらに遠く、僕らの小さな領地の彼方に、大波に揺られる帆柱の先端が見える・・・僕たちの周り、部屋の中は、日よけに和らいだ薔薇色の光で輝いている。そこにきれいな敷物と恍惚とする花々で飾られ、重厚な漆黒の木材でできた、ロココ調でポルトガル製の変わった椅子がある。(そこに彼女がいともたおやかに、涼やかに身を休め、軽く阿片の効いた煙草をくゆらすのだろう)ベランダでは日差しに酔い痴れた鳥たちが騒ぎ、黒人の女の子たちがおしゃべりをする・・・そして夜は、僕の夢想の伴侶に、物憂げな歌う大樹が悲しい歌を口ずさむ。(訳註:この木は原文ではトクサバモクマオウという東南アジアの常緑樹。詳しくはウィキペディアを見て下さい)そうだ。これこそが紛いもなく、僕の探してきた舞台なのだ。宮殿なんかが何になろう」
 さらに大通りをたどって行くと、彼はこざっぱりした宿屋を見つけた。そこには色とりどりのインド更紗で彩られた窓があって、二つの顔が笑いながら頬を寄せ合っていた。とっさに彼は言った。
「すぐ近くにあるものをあんなに遠くまで探しに行こうなんて、僕の心は大した放浪者だな。喜びも幸せも、はじめに行き当たった、たまたま見つけた宿屋にあった。ここは快楽に満ちている。燃えさかる炎、あでやかな陶器、悪くはない食事、舌を刺すワイン、少しごわごわするけどきれいなシーツの掛かった、とても大きなベッド。それ以上何を望もうか」
 その賢明なる教訓が、もう外的生活の雑音によってかき消されない時間になっていた。一人家路に向かいつつ、彼はこう言った。
「今日僕は夢想の中で三つの我が家に住んだけど、どれも同じくらい幸せだった。僕の心はこんなに軽やかに旅するのに、どうして敢えて肉体の場所を変えなくてはならないだろうか。計画というのはそれ自体、自己完結した楽しみなのだし、計画を実行することに何の意味があるだろうか」


  計画


 がらんとした広い公園を散歩しつつ、そいつは独りごちた。
「あいつが豪華で手の込んだ宮廷衣装に華麗に身を包んだらどないやろう。星のきれいな夜に、あいつはお城の大理石の階段を降りて来て、広々とした芝生と泉に向かうんや。あいつは何も飾らんでもお姫様みたいなんやしな」
 その後通りを歩いてて、そいつは版画屋の前で立ち止まって紙挟みの中に南国の風景画の見本があんのを見つけた。そいつは言った。
「ちゃうちゃう。わしが愛しいあいつと暮らしたいんは、お城の中なんかやおまへん。そこは『ふたりの家』ちゃいまんねん。そもそも金を張り詰めた壁なんてあいつの写真をかけるとこもあらへんし、あんなしゃちこばった部屋にいたら片隅でいちゃついてもおられへん。やっぱわしの人生の夢を叶えるには、この絵みたいなとこに住まんとあかんわ」
 そんでから版画を細かいとこまで見分しながら、頭ん中でつづけた。
「海辺には木でできたきれいな小屋があるわ。それは名前は忘れたけど、つやつやした変な木々に覆われてる・・・空気は何とも言われへん、くらくらする匂いがする・・・小屋の中にはバラと麝香がきつう香ってる・・・わしらの小さな敷地を越えたもっと向こうには、大波に揺られる帆柱の先端が見えんな・・・部屋の中のわしらの周りは、日よけで和らいだバラ色の光で輝いとる。そこはきれいな敷もんと魅惑的な花で飾ったあって、どっしりした黒い木でできた、ロココ調でポルトガル製の変わった椅子がある。(そこに彼女がいともたおやかに涼やかに身を休めて、ちょっぴり阿片の効いた煙草をくゆらすんやろうな)べランダでは日差しに酔い痴れた鳥たちが騒いで、黒人の姉ちゃんらがしゃべくっとる・・・そんで夜にはわしが夢想するにつけ、物憂げな歌う大樹が悲しい歌を歌いよる。そや、これこそが紛れもなくわしのさがしとった舞台やないか。お城がなんぼのもんや」
 さらに大通りに沿って歩いて、そいつは小ぎれいな宿屋を見つけた。そこには色んな色のインド更紗で彩られた窓があって、二つの顔が楽しそうに頬を寄せ合っとってん。やにわにそいつは言うた。
「すぐ近所にあるもんをあんな遠くまでさがしに行きたがるとは、わしの心はどえらい放浪家や。喜びも幸せも、最初に行き当たった偶然見つけた宿屋にあったわ。ここは気持ちのええとこや。よう燃える火、あでやかな陶器、悪くはない食事、舌を刺すワイン、ちょっと強いけどきれいなシーツの掛かってるごっついベッド。それ以上何がいるっちゅうねん」
 もう、その賢者の教えが外的生活の雑音でかき消されへん頃合いになっとった。一人で家に帰りながらそいつはこう言うた。
「今日わしは妄想の中で三種類の家に住んだけど、押し並べてどれもおもろかったな。わしの心はこんなにすいすい旅すんのに、どないして敢えて体を移動させなあかんやろう。計画を実行しても何になんねん。計画っちゅうのはそれ自体自己完結した楽しみなんやから。


25 麗しのドロテー


 太陽は射すように、容赦なく町を照りさらす。砂は眩きをもよおし、海は鏡さながらにきらめく。人々は浮かされ、だらりとくずおれて午睡に浸る。眠りはある意味、死の味がする。微睡む人は半ば目醒めて、忘我の享楽を甘受する。
 しかしドロテーは、太陽のように強く気高い。人けのない通りを歩み行くと、果てなき碧空にこの時分他に命あるものもなく、陽光の下に輝く黒き一点をなす。
 彼女は歩み行く。豊かな腰の上に、すらりとした半身をゆったりとくゆらせながら。ぴったりとした絹のドレスは、明るい薔薇色をして暗い肌の上に鮮やかに際立ち、長身の体つきや窪んだ背中、つんとした乳房をなぞっている。
 日傘は陽を透かして、黒き顔(かんばせ)を血のように赤い影で染め上げる。青みがかるほどのたっぷりとした髪の重みに、華奢な頭は後ろへ引かれて、勝ち誇ったような気だるいような印象を与えている。重たい耳飾りは、愛らしい耳元に秘め事をささめく。
 海からの風が時折ふわりとしたスカートの裾を舞い上げ、彼女のまばゆいばかりの見事な肢体を露わにする。ヨーロッパでは美術館にしまい込まれている大理石の女神にも見紛う足が、きめ細かな砂の上にその形を克明に刻みつけていく。ドロテーは大した気取り屋だから、解放奴隷の誇りよりも、ちやほやされる喜びの方が大事なのだ。それで奴隷でもないのに、靴も履かずに歩いている。
 こうして彼女は歩み行く。踊るがごとく。生きる喜びにあふれ、白い歯を見せて笑いながら。まるで遠く鏡の中に、自らの足取りと美貌を見るかのように。
 身を焦がす太陽に犬だってのたうち呻く真昼時、怠惰なドロテー、あの彫像のように美しくも冷ややかな彼女が、こうして歩いて行くのは一体何故だろう。
 どうして彼女は、あんなに小ぎれいな、ささやかな住まいから出てきたのだろう。そこには花と敷物でそう金をかけずにしつらえた、申し分のない閨がある。そこで彼女は髪をとかしたり、煙草を吹かしたり、大きな羽扇で涼みつつ姿を鏡に映してみたりして、いかにも心地よく過ごすというのに。そうしていると、そばの浜辺に波は打ち寄せ、彼女の曖昧な夢想の傍ら、単調で力強い調べを奏でてくる。蟹と米をサフランで煮込んだ鉄鍋は、奥から食欲をそそる香りを立てるのだ。
 きっと彼女は、海の彼方で仲間たちから美しいドロテーの噂を聞きつけた、若い士官と会うのだろう。(訳註:後の版では「有名なドロテー」とある)彼女は単純な女だから、オペラ座の舞踏会のことを話してくれとせがむに違いない。それで、そこには裸足で行っていいのかと尋ねるだろう。老いたアフリカ女(訳註:原文ではカフラリア人。カフラリアは南アフリカ共和国、東ケープ州東縁地域の古名)もはしゃいで浮かれ狂う、日曜日の踊りと思っているのだ。それから、パリの貴婦人たちは自分よりももっと美しいのかとも訊くに違いない。
 ドロテーは誰からも、ちやほや可愛がられる。彼女は幸せそのものだろう。もし彼女があまりに美しくもう熟れ時の迫った小さな妹を買い戻すために、こつこつと小銭をためなくてはならない身の上でなければという話だが。(訳註:後の版にはドロテーの妹は「まだ11歳」という記述もある。しかし出版者はドロテーの体を描写した部分と一緒に無断で削除したそうです)
 多分上手くやる。あのやり手のドロテーのことだ。だってあの少女の持ち主は、まったくの守銭奴にすぎないのだから。守銭奴すぎて、金貨の他に美しいものがあることなんて気づきやしまい。


  美しきドロテー


 太陽は真っ直ぐにぎらぎら町を照りつける。砂は目えが眩みそうで、海はきらめいとる。皆ぼんやりして、だらだら横になってお昼寝や。眠っとるちゅうのはある意味死んどるようなもんや。寝てる人は微睡みながら忘我の楽しみを味わう。
 やけどドロテーは太陽みたいに強くて気高い。人けのない道を歩いてると、果てしない空の下でこの時分他に生きてるもんもあらへんし、日差しの中で輝く黒い一点なんや。
 ドロテーは歩いてく。たっぷりとした腰の上に、すらりとした半身をゆったりとくゆらして。ぴったりとした絹の洋服は明るいバラ色で黒い肌をくっきりかたどって、背の高い体とか窪んだ背中、尖った乳房をなぞってる。
 日傘は日差しを和らげて、黒い顔を血いみたいな赤い影で染め上げる。青みがかるほどの豊かな髪の重みで華奢な頭は後ろに引っ張られて、勝ち誇ったような気怠いような感じがしてる。重たい耳飾りは、かいらしい耳元に秘め事をささめく。
 海風が時々ひらひらしたスカートの裾を舞い上げて、あいつのまぶい脚が見えんねん。ヨーロッパやったら美術館にしまい込まれてる大理石の女神みたいな足が、きめの細かい砂にくっきり形をつけていく。ドロテーはえらい色気づいとるさかい、解放奴隷の誇りより、ちやほやされる喜びの方がええねん、そやさかい奴隷でもないのに靴もはかんと歩いてんねん。
 こないにドロテーは歩いてく。踊るみたいにして。生きる喜びにあふれ、白い歯見せて笑いながら。遠くにある鏡に歩いてる自分とその美しさが見えてるみたいに。
 射すような日差しに犬ころかて苦しみ呻く真昼時。怠け者で、美しくも冷ややかな石像みたいなドロテーが、こないして歩いてくのはなしてや。
 なしてあいつ、あんな小ぎれいにしつらえたある自分の小さな部屋から出て来てんろ。あっこには花と敷物で安う作った、申し分のない寝床があんねん。そこであいつは髪をとかしたり、煙草をふかしたり、大きな羽扇で涼みながら姿を鏡に映してみたり、ほんまに楽しいのに。そないしてると側の浜辺に波が打ち寄せて、ぼんやりした夢想の傍らで単調で力強い調べを奏でてくる。蟹と米をサフランで煮込んだ鉄鍋は、中庭からうまそうな匂いを立てんねん。
 きっとあいつは、海の向こうで仲間から美人のドロテーの噂を聞いとった若い士官と会うんやろう。あいつは単純な女やさかい、オペラ座の舞踏会のこと話して言うに決まっとる。そんで、そこは裸足で行ってええのん言うやろな。アフリカ女のばばあも大はしゃぎの日曜の踊りや思てんねん。そんでから、パリのええとこの女は自分よりきれいなんかとも絶対聞くやろな。
 ドロテーは誰からかてちやほやされんねん。幸せそのものやろな。もしあいつが、きれいすぎてもう熟れ時の迫った小さな妹を買い戻そうと、こつこつ小銭ためなあかんことがなかったらやけどな。
 きっと上手いことやるわ。あのやり手のドロテーやしな。あの女の子の持ち主はほんま銭の亡者にすぎひんし。銭が大事すぎて他にきれいなもんがあるなんて気付くもんかいな。


26 貧乏人の目


 ああ、今日僕がどうしてあなたに嫌気がさしているのか知りたいんだね。説明するのは簡単だけど、あなたが理解するのはきっと容易なことじゃない。何故ならあなたは、およそ自分のことにしか興味がない女のうちでもいちばんの典型例と思われるから。
 僕たちは一緒に長い一日を過ごしたけど、僕には短く感じられた。僕たちは確かに誓い合った。僕たちはいつも、思いを同じくしよう。二人の心はこれからは一つなのだと。しかしこんな夢想は目新しくも何ともない。つまるところ、すべての男が憧れるものの誰も実現したことのない夢想にすぎない。
 夜少し疲れて、あなたは開店したばかりのカフェに座りたいと言った。新しい大通りの角にできたもので、まだ大量の瓦礫が積まれていたのだが、未だ完成されてはいなくても壮麗さが既に燦然としていた。カフェはぴかぴかだった。ガス灯も開店を祝い明々と燃え、辺りをあらん限りに照らしていた。目のくらむような白壁、まばゆい鏡面、縁や継ぎ目の金細工、犬に綱を引かれる丸顔の召使い、拳にとまった隼に微笑む貴婦人。頭の上に果物やパテやジビエを載せて運ぶ妖精や女神たちもいれば、紅茶リキュールの壺や、冷たいビールカクテル入りの二色の角杯を持った腕を差し延べるヘベやガニュメデたちもいる。(訳註:原文ではバヴァロワーズという紅茶に卵黄・牛乳・リキュールなどを加えたものと、パナシュというレモン炭酸で割ったビールである)あらゆる歴史物語や神話が食い意地のために奉仕しているのだ。
 僕たちの真ん前の車道の上に、四十がらみの実直そうな男が突っ立っていた。やつれた顔をして、髭は白髪まじりで、片方の手に小さな男の子の手を引いて、もう片方の腕に虚弱すぎて歩けない幼児を抱いていた。彼は子守女の代わりに、子どもたちを夜風に当たらせに来たのだった。みんなぼろ着だった。三人の面持ちには、ただならぬ真剣さがあった。六つの目は、新しいカフェに見とれて釘付けだった。どの目も一様にうっとりしていたが、年によって微妙に意味合いが違っていた。
 父親の目はこう言っていた。
「何て綺麗なんだ。貧乏人の持つ金はみんな、この壁を飾るために使われちまったのかもな」
男の子の目はこうだった。
「何て綺麗なんだ。だけどこの家は、僕たちみたいじゃない人しか入れないんだよね」
いちばん小さな子の目に至っては、魅了されすぎて茫然と深い喜びの色をたたえるだけだった。
 楽しみは魂を善良にし、心を和ませると歌にある。その歌は、あの夜あの場所の僕にとってはその通りだった。僕はこの家族の目に感じ入っただけでなく、渇きを満たす用には大きすぎる自分のグラスやボトルが少しばかり恥ずかしくなった。愛しい人よ、僕は眼差しをあなたの目に向けた。そこに自分自身の思いを読み取ろうとして。僕はこんなにも美しく、不思議な優しさをたたえたあなたの碧い目の奥をさぐった。それは気まぐれに憑かれ、月に惑わされるのだ。その時あなたは僕に言った。
「あそこにいる人たち、我慢できないわ。あんなにぽかんと目を見開いて。カフェの主人に、向こうへやるように言って下さらないかしら」
 愛しいあなたよ。わかり合うのは難しいし、伝えられない思いは多いのだ。愛し合う者たちでさえ。


  貧乏人のまなざし


 ああ、今日わてがどないしてあんさんに嫌気がさしとるか知りたいんや。そらあ話したるのは簡単やけど、あんさんには多分よう理解しきらんわ。女ってのは自分のことしか考えへんもんやけど、そん中でもあんさんはいちばんの典型みたいやからな。
 わてらは長い一日を一緒に過ごしたけど、束の間のようやったわ。わてらはよくよく誓い合ったわな、二人は考えることをおんなしにしょう、わてらの心は一つなんやと。やけどこんな夢物語は全然珍しいもんちゃうねん。結局、男は皆憧れるけど誰も叶えたことない夢にすぎひんのんや。
 夕方、ちょっと疲れたさかいあんさんは出来たばっかしのカフェに入ろう言うた。新しい大通りの角のやつで瓦礫も山積みのままやったけど、まだ完成しきってへんのにもう豪華に輝いとった。カフェはぴかぴかやった。ガス灯かて開店を祝って景気よく燃えとって、辺りをめいいっぱい光らしとった。まばゆいくらい白い壁、きらきらする鏡、縁とか継ぎ目の金細工、犬に綱を持ってかれる丸顔の召使い、手に隼をとまらせてにっこりしてる貴婦人。頭に果物とかパテとかジビエを載せて運ぶ妖精も女神もおるし、紅茶リキュールとか、冷えたビールカクテルの入った二色の角杯を持った腕を差し延べるヘベもカニュメデもいてる。歴史物語も神話も皆、食いだおれに奉仕しとったわ。
 わてらの真ん前の車道に、四十がらみの実直そうな男が突っ立っとった。顔はやつれて髭は白髪混り、片手に小さなガキの手え引いて、片手に貧弱で歩かれへん幼児を抱いとった。子守女の代わりに子どもを夜風に当たらせに来たんや。皆ぼろ着やった。三人は並々ならぬ真剣な顔しとった。六つの目えは新しいカフェに見とれて釘付けやった。どの目えもうっとりなってることには変わりなかったけど、年齢によって思てることは多少違っとったんや。
 おやじの目えは言うてた。
「何てきれいなんや。貧乏人のための金は皆この壁を飾るために使われてもうたんやろな」
ガキの目えはこうや。
「何てきれいなんや。やけどここ、わいらみたいなんは入ったらあかんねんろ」
いちばん小さい子の目えにいたっては、あんまり見とれて呆然と深い喜びの色をたたえるばっかしやった。
 楽しみは魂を善良にして心を和ませるっちゅう歌がありますやん。あの夜あっこにいたわてがまさにそれやってん。わてはこの家族の眼差しに感動したし、それに渇きを満たすためには大きすぎる自分のグラスとかボトルがちょっと恥ずかしくもなってん。そんでわて、愛しいあんさんの方を振り向いたんや。そこにわて自身の思てることが見られる気でな。わてはこんなにも美しくて、不思議な優しさをたたえるあんさんの碧い目えの奥をさぐった。やけどあんさんの目えは気まぐれで月に惑わされるんや。そん時あんさんはわてに言うた。
「あっこの人ら鬱陶しいわ。あんな皿みたいに丸々と目えを見開いてんねんで。カフェの主人に言うて追い払わせてえな」
 愛しい人よ。わかり合うのはむつかしいし、伝えられへんことはいっぱいあんねん。愛し合う者同士でもな。


27 英雄的な死


 ファンシウールは素晴らしい道化役者で、王の友とも言えるほどだった。(訳註:道化の名はFancioulle。fanciullo<伊>は少年、fanciful<英>は空想的の意)喜劇に生きる定めとはいえ、現実的な物事というのは逃れられない呼び物である。そしておかしいだろうが、愛国と自由の思想が喜劇役者の頭を占拠し尽くしたのだった。ある日ファンシウールは貴族の不満分子たちが企てた陰謀に加担した。
 何の相談もなく王を廃して社会の模様替えをするような陰湿な連中を、密告する善人というのはどこにでもいる。疑わしき貴族たちは捕らえられたが、ファンシウールもだった。殺されることは目に見えていた。
 お気に入りの喜劇役者を反逆者の中に見つけて、王は怒り狂わんばかりだったのではないかと僕は思いたい。王は普通より良くも悪くもない王だったが、感性が過剰なあまり多くの場合他の比較対象より冷酷で横暴になった。美しい芸術を熱烈に愛し、その上優れた鑑識眼を有していた彼は、まったく快楽に糸目をつけなかった。人間や道徳にはおよそ関心がなく、彼自身真に芸術家であって、倦怠より危険な敵を知らなかった。倦怠という世を牛耳る暴君から逃れ勝利するための奇妙な努力のおかげで、この王はきっと真面目な歴史学者から「化け物」呼ばわりされたことだろう。もっともそれは単に楽しむことか、楽しむことの最も洗練された形態のひとつである驚くことを目的としないようなものを書くことが、王の支配下で許されていたならであるが。この王の最大の不幸は、彼の天才性に見合うだけの広い劇場を持たなかったことだ。窮屈な限界に押し込められて、後の時代にその名も情熱も知られぬままとなるネロ予備軍はいるのだ。浅はかなる神は、国よりも大きな才能をこの王に与えたのだった。
 突然、主君がすべての共謀者に恩赦を出すという噂が飛び交った。噂の出所はある大演劇会の告知であったが、ファンシウールはその劇でもっとも得意な当り役のひとつを演じることになっていた。そこには有罪の貴族たちも列席すると発表されていた。知ったようなことを言う者は、怒れる王が寛大な御心を持たれたことの明白な証だと言い添えた。
 生まれつきにも自発的にも奇抜な性向を持った人間にかかっては、美徳も寛容もお手のものだった。思いがけない楽しみが期待できそうならなおのことだ。だから僕のように王の奇怪な病んだ魂の底をより深くのぞき見ることができる者たちは、恩赦よりよっぽどありそうなことに思い至った。王は死刑を言い渡した男が持つ演劇の才能がいかほどのものか判定したかったのではなかろうか。つまりはこの状況を利用して死刑の利点を生理学的に検証し、異常事態におかれた時に芸術家の普段の能力がどの程度まで損ねられたり変質したりするのか確かめたかったのだ。そこに加えて王の心には多少なりとも寛容さに裏付けされた意図があっただろうか。それは決して計り知ることができなかった。

 ついに運命の日がやって来た。小さな宮廷は豪奢を尽くしていた。資産の限られたこの小国の特権階級が、真に盛大と言えるまでの壮麗さを実現したとは見ていなければ想像に難いだろう。惜しみなく見せつけられた贅の持つ魔力、さらには付随してくる精神性や神秘性という特典によって、そこには二重の意味で真価があった。
 ファンシウール氏はとくに、無言か台詞がわずかな役に秀でていた。人生の不可思議さを事物で象徴的に言い換えているような、夢幻劇の主役が多かった。彼は颯爽と舞台に現れ、まったく悠々と振舞った。高貴な観客の心に、温かく寛恕な思いが増していった。
 ある役者を「いい役者だ」と言うのは、役の上にさらに技術、努力、意志といったものが垣間見えることが前提の常套句であろう。奇跡によって生命を与えられ、息づき、歩き、眼差しを持つような古代彫刻の逸品が、美という漠としてかつ混沌とした概念に対峙する。そのようなやり方で役者が彼の演じる人物に相対し、その存在に至るとするなら、恐らくそれは異常な想像も及ばぬことであっただろう。その夜ファンシウールは純然たる理想像を体現しており、それが生き、存在し、現実のものであると思わずにはいられなかった。この道化は行きつ戻りつ泣き笑い七転八倒したが、頭には不滅の光輪がかかっていた。その光は誰にも見えないが僕には見えた。そこには芸術の輝きと殉教者の栄光が、不思議に混ざり合っていた。いかなる特別な恩恵によるかは知らないが、ファンシウールは馬鹿げて滑稽な行動の最たるものにさえ神々しさと奇跡をまとっていた。この忘れがたい夜を描写しようとする間、僕のペンは震え、目にはずっと感動の涙を浮かべているのだ。ファンシウールは断固として有無を言わさず、芸術的陶酔は他の何ものよりも死の淵に立つ恐怖を和らげる力があると証明した。この天才は死の瀬戸際にありながら喜劇を演じ、その喜びによって奈落を見ずにいられたのだ。彼は死や破滅にまつわるあらゆる概念の排された、天国にいるかのようだった。
 いかに飽きっぽくて軽薄であろうと、観衆は皆たちまち芸術家の全能の力に圧倒された。人々はもはや死も葬列も処刑場も思い浮かべなかった。誰もが憂いがなくなり、生きた芸術の傑作に目を向けるにつけ、いや増しに増す逸楽に身をゆだねた。喜びと称賛の奔流が起こり、鳴り止まぬ喝采の嵐に劇場の天蓋が幾度も揺れ動いた。王も酔い痴れ、廷臣たちと一緒になって褒め称えた。
 しかしながら洞察力のある眼からすれば、王の陶酔には不純なものがあった。彼はその絶対的な支配力において負けたと思ったのか。人心をおののかせ精神を無力にする自らの手法を愚弄された気がしたのか。それとも狙いが外れたせいで思惑を嘲られたように感じたのか。僕が王の顔を仰ぎ見る間、当たらずとも遠からずの憶測が脳裏を去来した。その顔は日頃の蒼白さの上に刻々と蒼白さを重ねていった。雪の上に雪が降り積むようだった。かつての友であり、かくも見事に死を笑いに変える類い希なる道化師。その才能をこれ見よがしに讃えている間にも、王の唇はみるみる固く強ばって行き、妬みと恨みの色にも似た内なる炎に瞳はぎらついた。ある時僕は、殿下が後ろにいた側つきの少年に身を屈め、耳打ちするのを見た。美しい少年に笑顔が悪戯っぽくきらめいた。それから彼は急な使いを果たすかのように、王の席を元気に出て行った。

 幾時か経って、鋭い笛の音が長々と鳴り渡り劇を遮った。ファンシウールいちばんの見せ場であったが、耳と心臓をいっぺんに引き裂かれた。会場が不測の事態への不満に湧き立つ中、少年は笑い転げながら大急ぎで廊下へ走った。
 ファンシウールは衝撃により夢から覚めた。先ず両目を閉じ、ほとんど間もなく今度はありえないほど大きく見開いた。そして喘ぐように口を開いて前後にわずかによろめいてから、死に硬直して舞台に倒れた。
 笛の音は裁きの剣のごとき素早さで、本当に死刑執行人の役を奪ったのか。王自身、彼の計略の殺人的効果をすべて見抜いていたというのか。それは疑わしい。王は彼の大切な、比類なきファンシウールを惜しんだだろうか。そう信じるのは後味がいいし、もっともでもあった。
 有罪の貴族たちは最後の喜劇見物を楽しんだ。その夜、彼らは命を絶たれた。

 それ以来***の宮廷には各国で定評のあるあまたの無言道化劇が上演にやって来たが、そのいずれもファンシウールの卓越した才能を彷彿とすることも、彼同様に王に気に入られることもかなわなかった。


  英雄的な死


 ファンシウールはほんますごい芸人で、王様の友だちみたいなもんやった。せやけど喜劇のために生まれてきたとはいうても、現実的な物事っちゅうのは避けては通れんのんや。そんでわろてまうやろうけど、愛国と自由の思想でこいつの頭はいっぱいになったんや。ある日奇太郎は、貴族の不満分子どもが企てた陰謀に加担してもうた。
 何の断りもなく王様を廃位して世の中ひっくり返すような陰険な連中を、密告したろうっちゅう善人はどこにでもおるわな。嫌疑のある貴族は捕らえられたけど、ファンシウールもやった。殺されるに違いなかった。
 お気に入りの芸人が反逆者の中におって、王様は怒り出す寸前やったやろうとわしは思いたい。王様は普通より良くも悪くもない王様やったんやけど、感性が有り余っとるせいで大抵は他の比較対象より冷酷で横暴なことしたわ。美しい芸術を熱烈に愛してたし、それに見る目も優れてたもんやから快楽に糸目があらへんなんだ。人間とか道徳とかいうもんには全然興味なくて、王様本人がほんまもんの芸術家で、退屈より危ない敵を知らんかった。退屈っちゅうこの世の専制君主から逃れて打ち勝つためにした奇妙な努力のせいで、この王様はきっと真面目な歴史学者からは「怪物」呼ばわりされたやろうな。もっとも単純におもろいことか、おもろいことが最も洗練された形のひとつであるびっくりすることを目的とせえへんようなもんを書くことが王様の支配の下許されてればの話しやけどな。この王様の最大の不幸は、自分の天才性に見合うだけの大きな劇場がなかったことや。窮屈な限界に押し込められたせいで後の時代に名前も情熱も知られんと終わるネロ予備軍はいてるんや。考えなしの神さんは、国よりも大きな才能をこの王様に与えたんや。
 前振りもなく、王様が共謀者全員に恩赦をくれるっちゅう噂が飛び交った。噂の出所はある大演劇会の告知やった。ファンシウールはその劇でいちばん得意な当り役を演じることになっとって、有罪の貴族たちも観に来るらしかった。知ったようなこと言う輩は、怒れる王が寛大な心を持たはったに違いないでと付け加えた。
 生まれついても自発的にも普通じゃない性格してる人間にかかっては、美徳も寛容もお手のもんや。とくに思いがけない楽しみが期待できそうならな。せやからわしみたいに王様の普通じゃない病んでる魂の底をもっと深くのぞき見ることができるもんからすれば、恩赦よりよっぽど説得力のあるもんがありそうやった。王様は死刑を言い渡した男の持つ演劇の才能がなんぼのもんか見定めたかったんやないか。この状況を利用して死刑の利点を生理学的に検証して、異常事態下で芸人のいつもの能力がどんだけ失われたり変わったりするもんか確かめたかったんや。そこに加えて王様の心に多少なりとも寛容さに裏付けされた思いがあったんやろか。それはどないしてもわかりまへんな。

 ついに運命の日になった。小さな宮廷はありったけに贅沢にしてた。持ち金の限られてるこの小国の特権階級がほんまに盛大と言っていいような絢爛豪華なことをやったなんて、見てへんかったら想像し難いやろな。惜しげもなく見せつけられた贅の持つ魔力とそれに付随する精神性や神秘性という特典のおかげで、そこには二重の意味で真価があった。
 ファンシウール氏はとくに、無言劇か台詞が少ししかない役が得意やった。人生の不可思議さを事物で象徴的に言い換えてるみたいな夢幻劇の主役が多かった。こいつは颯爽と舞台に上がって、ほんまに余裕に振舞った。高貴な観客たちは温かく大らかな気持ちになっていった。
 ある役者を「ええ役者や」言うのは、役の上にさらに技術や努力や意思なんかが垣間見えることが前提の言い回しやろう。奇跡によって命を与えられて、息づき、歩き、眼差しを投げかけるような古代彫刻の傑作が美という漠然として混沌とした概念に対峙する。それとおんなし方法で役者が自分の演じる人物と向き合ってその存在に至るとするなら、そんなんはきっと奇妙で想像も及ばんかったやろな。その夜ファンシウールは純然たる理想像を体現してて、そのものが生きて存在して現実のものなんやと思わんといられへんかった。この芸人は行きつ戻りつ泣き笑い七転八倒してたけど、頭には不滅の光輪がかかっとった。その光は誰にも見えてなかったけどわし見えててん。芸術家の光輝と殉教者の栄光が不思議と入り混じってたわ。どんな特別な恩恵があったかは知らんけど、ファンシウールはアホで間抜けな行動の最たるものにかて神聖さと奇跡をまとってた。この忘れられない夜のことを書いてる間、わしのペンは震えて目にはずっと感動の涙が浮かんでんねん。芸術的陶酔は他の何ものよりも死の淵に立つ恐怖を和らげる力があるんやと、ファンシウールは断固として有無を言わさず証明してた。この天才は死の瀬戸際で喜劇を演じて、その喜びによって奈落を見ずにおれたんや。こいつは死とか破滅にまつわる概念が皆排除された天国にいてるみたいやった。
 なんぼ飽きやすくて軽薄や言うても、観客は皆たちまち芸術家の全能の力に圧倒された。人々はもう死も葬列も処刑台も思い浮かべへんかった。皆心配事ものうなって、生きた芸術の傑作に目を向けるにつけいや増しに増す快感に身をゆだねた。喜びと称賛の奔流が起こって、鳴り止まへん喝采の嵐に劇場の天井が何べんも揺れ動いた。王様も夢中になって、家来たちと一緒に褒め称えた。
 そうは言っても洞察力のある目えからすれば、王様の陶酔には不純なもんがあった。自分の絶対的な支配力が負けた気がしたんやろか、自分の人心をおののかせて精神を無力にする手法を愚弄された思たんやろか、それとも狙いが外れて思惑をおちょくられたように感じたんやろか。わしは王様の顔を仰ぎ見てて、当たらずとも遠からずの憶測があれこれ浮かんだ。王様の顔は普段白いのにますます白なってった。雪の上に雪が降り積むみたいやった。かつての友であり、こんなに見事に死をお笑いに変える類い希なる芸人。その才能をこれ見よがしに讃えてる間にも、王様の口元はみるみる強ばって、妬みと恨みの色にも似た内なる炎に瞳は燃えとった。そん時わし、王様が後ろっかわのお側つきの少年にかがみ込んで耳打ちすんのを見てん。きれいな少年の顔に笑顔が悪戯っぽくきらめいた。そんでからそいつは急な用向きでも果たすみたいに王の席を浮かれて出て行った。
 しばらくして、鋭い笛の音が長々と鳴って劇を中断した。ファンシウールいちばんの見せ場やったんやけど、耳と心臓がいっぺんに引き裂かれた。思いがけない出来事に会場が不満に湧き立つ中、少年は笑い転げながら一目散に廊下へ駆けてった。
 ファンシウールは衝撃で夢から醒めた。先ず両目を閉じて、ほとんど間もなく今度はありえへんくらい大きく見開いた。そんで喘ぐように口を開いて前後にちょっとよろめいてから、死に硬直して舞台に倒れた。
 笛の音は裁きの剣のように素早く、ほんまに死刑を執行したんやろか。王様自身自分の計略の殺人的効果を皆見抜いてでもおったんやろか。それは疑わしい。王様は自分の大事な、比類なきファンシウールを惜しく思うたやろうか。そう信じると後味もええし、もっともなことでもあった。
 有罪の貴族たちは最後の喜劇見物を楽しんだ。その夜そいつらは命を絶たれた。

 それ以来***の宮廷には各国で評判のあまたの無言道化劇が上演に来たけど、どれもファンシウールの卓越した才能を彷彿とすることも、ファンシウールみたいに王様に気に入られることもでけなんだ。


28 贋金


 タバコ屋を出て歩きながら、友人は持ち金を入念に選り分けた。チョッキの左ポケットには金貨を数枚、右ポケットには銀貨を数枚、ズボンの左ポケットには銅貨の類いをいっぱい入れた。そして最後に右ポケットに、特に注意深く眺めてから二フラン銀貨を一枚滑り込ませた。
「妙な分け方をする。細かいな」
と僕は独語した。
 僕たちは貧しい男に出会った。彼は震える手で帽子を差し出していた。無言のままの縋るような両目がすべてを物語っていたのだが、僕はこれほどまでに不安にさせられるものを知らなかった。感性のある者なら、そこには腰の低さと非難がましさの両方が読み取れた。情感の入り組んだこの深みに近いものは、打たれた犬の潤んだ目の中に見受けられる。
 友人が贈った金は、僕よりもはるかに高額だった。僕は彼に言った。
「なるほど。意外な贈り物はうれしいが、そうじゃなければ誰かにそれをやるのがいちばん素敵だね」
「あれは贋金だったんだ」
自分の散財を言い訳するかのように、彼は平然と言ってのけた。
 だが昼を回ってもいつも真昼にいたがるような僕のおめでたい脳みそに(自然は僕に何と面倒な才能をくれたことか)突然次のような考えが浮かんだ。僕の友人は許され得るだろう。もし彼が、あの哀れな男の人生に事件を巻き起こしてやろうとか、それにもしかしたら物乞いの手に渡った贋金が織りなす他人の不幸の数々を見てみたいとか願っていたのなら。あの男は牢へ連れて行かれるんじゃなかろうか。居酒屋やパン屋の親父なんかが、贋金を作ったとかばら撒いたとか言って彼を捕まえるかもしれない。それかあの贋金から、貧しいちんけな賭博師が数日で富を生み出すことだってあり得るんじゃないか。こうして僕の空想は友人の着想に翼を得て、あらゆる可能性を考えて起こりうることをすべて洗い出した。
 しかし友人は不意に僕の夢想を打ち砕いた。彼は僕の先程の言葉にこう返したのだ。
「まったくその通りだ。期待以上の物をやって人を驚かすほど、気分のいいことはないよ」
 僕は彼をまじまじと見つめた。彼の目は芯から無邪気に輝いていた。彼が慈善と巧みな取引きをいっぺんにやろうとしていたのは明らかだった。四十スーを得しつつ神の御心を得、天国への切符を安上がりに買いつけた。ようはただで慈善家の免状を手に入れたのだ。もし彼が、さっきやると思っていたような犯罪的な喜びを求めたとしたら、僕はまあ彼を許しただろう。貧しい者を陥れて遊ぶなんて、おかしな変わり者だと思っただろう。しかし僕は、彼の見通しの甘さには断じて我慢ならない。悪意を持つことは決して許されないにせよ、それが悪いことだと知っているなら多少ましではある。最も償いがたい悪徳とは、軽率さゆえに悪を為すことである。


  にせ金


 タバコ屋を出て歩きながら、友人は持ち金を注意深く選り分けた。チョッキの左のポッケは数枚の金貨、右ポッケは数枚の銀貨、ズボンの左ポッケには銅貨の類をじゃらじゃら滑り込ませた。そんでしまいにズボンの右ポッケに、よくよく眺めまわしてから二フラン銀貨を一枚入れたんや。
「変わったちまっちい分け方すんねんな」
そうわしはぶつぶつ言いおったわ。
 わしら貧乏なおっさんに会うてんけど、そいつ手えふるふるしながら帽子を突き出して来ててんか。何も言わんでも、すがるような両目がすべてを物語っとった。こんな不安な気持ちになるもん他に知らんわ。感性が足りとったら、うやうやしさと非難がましさが両方とも見て取れたわ。この手の複雑な感情の深みは、殴られた犬の潤んだ目えの中にあるもんや。
 友人がくれてやった金はわしよりもずっと高価やった。わしは言うた。
「あんさんわかってまんな。びっくりするようなもんもらうとうれしいけど、そうやのうたらそんな贈りもんで誰かをおどかしたるのが何よりうれしいもんでんな」
「あれ、にせ金やってん」
散財の言い訳するみたいにそいつ平然とそう言いよったわ。
 せやけどわしのいっつもええように考えるおめでたい脳みそには(わしはほんまに、うんざりする能力に恵まれたもんやわ)いきなしこんな考えが浮かんできた。こいつはもし、あの可哀想なおっさんの人生にいざこざを起こしたろう思たんやったらそんなら許されるんや。それかもっと言うたら、乞食の手に渡ったにせ金が織り成す他人の不幸の数々を見てやろう思たんやったら。あのおっさん刑務所送りちゃう。居酒屋かパン屋のおやじが、にせ金作ったとかばら撒いたとか何か言うて捕まえるかわからんわ。そやのうたら、あのにせ金から貧乏なしょうもない博徒が数日で財を成すことかてあるわな。こないしてわしの妄想は友人の機転から着想を得て、起こり得ることを皆検証してありとあらゆる結論を導き出したんや。
 そやのにこいつ、いきなしわしの無想を台無しにした。こいつわしのさっきの言葉にこうこたえよってん。
「ほんまそやわ。思てる以上のもんをやっておどかしたるほど気分のええことはないわ」
 わしはまじまじと見つめたけど、こいつの目えは芯から無邪気に輝いとったわ。こいつがいっぺんに慈善と上手い商売をやってまおうとしてるのは明らかやった。四十スー儲けながら神さんの御心にもかなって、天国を安物買いしよる。ようはただで、晴れて慈善家にならはったんや。もしこいつがさっき期待したような犯罪的な楽しみを求めたんやったら、わしはまあ許したやろな。貧乏人を不幸にして遊ぶなんて悪趣味なやっちゃ思たやろう。やけどわし、こいつの考えのなさは絶対許す気ないで。悪いことしたろうなんて決して許されることやないけど、それが悪いと知ってるだけましではあんねん。いちばんどうしようもないんは、うかつに悪をなすことなんや。


29 寛大なる賭博師


 昨日大通りの人群れを横切った時、ずっとお近づきになりたいと願っていたある不可思議な人物と袂が触れ合った。一度も会ったことはなかったのだが、すぐにわかった。きっと彼も僕に対して同様の思惑があったのだろう。すれ違いざまに、あからさまなまばたきをして見せたので、僕はあわててそれに返した。僕は彼に慎重について行った。程なくして光り輝く地下邸宅へ彼につづいて降りて行った。そこはパリの地上にあるどんな住居にも類を見ないような豪華さにきらめいていた。この贅沢な隠れ家のそばはよく通るのに、入り口を見つけたことがなかったのは妙に思った。そこには眩くような甘い空気が立ちこめ、日常のうんざりする嫌なことを、ほとんど立ち所にきれいさっぱり忘れさせてくれた。そこでは至福の夜霧を呼吸していて、蓮食い人たちが抱いたような感覚がしたのだった。(訳註:蓮食い人は『オデュッセイア』に登場。蓮を食べると恍惚状態になり、故郷のことを忘れる)彼らは魔法仕掛けの島に降り立ち、とこしえなる昼下がりの微光に照らされた。そして滝の調べの美しい子守歌を聴くにつれ、二度とは家も妻子も見たくない、海の荒波に乗りたくないという願望が生まれてきたのだった。
 宿命的な美しさが刻み込まれた、男女の奇妙な顔があった。はっきりと思い出すことはできなかったが、いつの時代かどこかの国で会ったことがある気がした。知らない人を見て普通なら生じるような恐れよりもむしろ親愛の情を感じた。彼らの眼差しの持つ異様な印象を何らかの方法で言い表すならこう言おう。僕はあんなにも、恐れと不安と、生を実感したいという不滅の欲望に力強く輝く目は見たことがない。
 主人と僕は、一緒に座った時にはもう旧知の大親友だった。僕たちは極上のワインと、それにも劣らずめずらしい物を浴びるように飲み食いした。何時間か経ったが、僕は彼ほど酔っていないようだった。賭博という人知を越えた楽しみが、僕が酒を飲む手を長きにつけ短きにつけ休ませたのだ。実を言うと僕はお気楽さと無鉄砲から連戦した末、自分の魂をすってしまった。魂というのは実体がなく、大して役には立たず時に邪魔なものだ。だからそれを失っても散歩中に名刺を落としたほどの感慨もなかった。
 私たちは長い時間をかけて、何本か煙草を吸った。その例えようもない味わいと香りは、魂に望郷の念と幸福への見果てぬ思いを呼び起こした。至上の悦楽に酔い痴れ親愛の情に極まり、僕はなみなみと注がれたグラスを手に叫んだ。
「老いた雄山羊に永遠の健康を祝して」
それには彼も悪くは思わなかったようだ。
 また僕たちは語り合った。宇宙の創造と将来の破滅について。当節を支配する理念である進歩とか完全性の探究について、さらには全般的に人類の自惚れの諸形態について。このような議題については、閣下は軽妙で反駁の余地のない諧謔に尽きなかった。ふざけた中にも言辞の心地よさや平常心があり、僕はいかに著名な人間のうちにもこのように巧妙な話し手を知らなかった。彼は僕に、現代に至るまで人間の頭を占拠しつづけてきた様々な哲学の不条理性を説いた。またいくらかこの世の基本原理に関する秘密を打ち明けてくれたが、僕はその恩恵と所有権を誰とも分かち合おうとは思わない。彼は世界中至る所で被っているいかなる悪評もかこつことはなかった。彼自ら、自身が「迷信」の打破に最も関与しているのだと断言した。彼はただ一度しか自らの力を不安に思ったことはなかったと認めた。それはある日他より聡明な説教師が教壇からこう叫ぶのを聴いた時だった。
「親愛なる兄弟たちよ、知識の光明をほめそやすなら、ゆめゆめ忘れるな。悪魔のいちばんの目論見は、自分が存在しないと信じ込ませることなのだ」
 この高名な弁論家の回想は、おのずとアカデミーに関するものに移って行った。僕の風変わりな会食者は明言した。彼は多くの場合、啓蒙主義者たちのペンや発言や信念にひらめきを与えることを拒みはしない。それに大体いつも自分から、姿は隠しているが、あらゆるアカデミーの会合に出席しているということだった。
 多大なる厚情に調子づいて、僕は彼に神はどうしているのか、近頃会ったのかと尋ねた。彼はこたえたが、その素っ気なさはどこか悲しみの色を帯びていた。
「顔を合わせたら挨拶はするさ。だけど生来の礼節を持ってしても過去の遺恨を決して拭い去れない、二人の老貴族みたいなものでね」
 閣下は一人の人間にこんなに長く謁見したことはなかったのではなかろうか。僕はそれに甘えすぎてはいないかと恐れた。ついに夜明けの光が窓に白く揺らめく時、あまたの詩人に歌われ、知らぬ間に彼を讃美するために働いたあまたの哲学者たちにかしづかれたこの高名な人物は僕に言った。
「私はあなたに、私について良い思い出を持ってもらいたい。私は非道い悪者だと言われるが、あなたたちの通俗的な表現を用いて言えば、時に『悪銭も身につく』ものだと証明したい。(訳註:原文ではbon diable。通常は「良い男」を表し、悪魔は意味しない)あなたが自身の魂について犯した取り返しのつかない損失を埋め合わせるために、もし運命に恵まれていればあなたが手にしていたであろう賭け金を授けよう。あなたは全人生に渡り、倦怠感という不可解な感情を取り去り、打ち負かすことができる。あれはあなたのあらゆる病癖の元凶であり、あなたに進歩がないのはみんなあのせいなのだ。あなたは凡庸なる同胞たちの上に君臨するだろう。世辞を並べられ、崇められすらするだろう。金、銀、財宝、夢幻の王宮が、あなたを求めてやって来て労せずして受け取ってくれと願い出るだろう。あなたは想像の命じるままに、何度でも国や地域を作り変えるだろう。この魅惑の国で、倦むことなく悦楽に耽るだろう。そこはいつも暖かで、女たちは花のように香り立つのだ。それから、それから・・・」
彼は立ち上がりながら付け加え、にっこりと微笑んで私に帰りを促した。
 もしも僕が公衆の面前で恥をかくことを恐れなかったら、喜んでこの寛大なる賭博師の足下に身を投げ出し、前代未聞の気前の良さに感謝したことだろう。しかし彼と別れてから少しずつ、拭いがたい疑心が胸に起こった。僕はもう、あのような驚くべき僥倖を敢えて信じる気にはならなかった。眠りにつく時、馬鹿げた習慣の名残からなおも祈りを捧げつつ、半ばまどろみながらこう繰り返していた。
「偉大なる神よ、どうか悪魔に約束を守らせたまえ!」


  気前ええ賭博師


 昨日大通りの人混みの中を歩いてたら、ずっとお近づきになりたい思てたある謎に満ちた人物とすれ違うてん。一度も会うたことなくてもすぐわかったわ。きっとあっちもわしに対しておんなしようなこと思てたんやろうな。すれ違いざまにはっきりと目配せしてきたさかい、わし慌ててそれにお返ししたんや。わしは気いつけながらその人についてった。間もなくまばゆいばかりの地下邸宅に来て、後についてわしも降りて行った。パリの地上にあるどんな家にもないくらい、豪華できらきらしてた。この豪勢な隠れ家の側はよく通るねんけど、入り口が見つけられへんかったのはどういうわけか思たわ。そこはくらくらしそうな甘い空気が立ちこめてて、常日頃のうんざりするような嫌なことを、あっちゅう間にきれいさっぱり忘れさせてくれた。そこでは至福の夜霧を呼吸してて、蓮食い人みたいになったんや。あいつらは魔法じかけの島に降り立ってとこしえなる昼下がりの微光に照らされた。そんで滝の奏でるきれいな子守歌を聴いてたら、もう家も妻子も見たない、海の荒波になんて乗りたないいう気になってもうたんや。
 命取りになる美しさが刻み込まれた、風変わりな男女の顔があった。はっきりとは思い出せへんかったけど、いつかどっかで会うたような気がした。知らん人に会うて普通あるような恐れよりむしろ親しみを感じたんや。あいつらの眼差しが与える異様な印象を何とかして言い表すとしたらこうや。わしはあれほど恐怖と不安と、生きている実感を味わいたいっちゅう果てなき欲望にぎらぎら輝く目えは見たことおまへん。
 旦那とわしとは一緒に座った時にはもう旧知の大親友やった。わしらは極上のワインとそれに劣らず珍しいもんを、浴びるように飲み食いした。数時間経ったんやけど、わしは旦那ほど酔うてへんみたいやった。賭博っちゅう人智を越えた娯楽のせいで、わしの酒を飲む手は長きにつけ短きにつけ止まってたんや。白状するとわしは深く考えんと無茶しまくって自分の魂をすってもうた。魂なんてもんは実体がないし、大概役にも立たんし邪魔になることもあるさかい、のうなっても散歩中に名刺を落としたほどにも思わんかったわ。
 わしらは長いことかけて何本か煙草を吸うた。何とも言いようのない味わいと香りがして、魂に望郷の念と幸福への見果てぬ思いを呼び起こした。この上ない悦楽に酔い痴れ、わしは親愛の情に感極まって、なみなみと注がれたグラスを手に叫んだ。
「老いた雄山羊に永遠の健康を祝して」
旦那も悪いようには思わへんかったみたいやった。
 それにわしらは語り合ったんや。宇宙の創造と将来の破滅について。当節の支配的な理念である進歩や完全性の探求について、さらには全般的に人類の思い上がりの諸形態について。こういう話題では、閣下は軽妙で反駁の余地のない諧謔に尽きへんかった。ふざけてても言葉遣いが気持ちよくて穏やかやって、わしはどんな有名な人もこんな上手い話する人知らんかった。閣下はわしに、現代に至るまで人間の頭を占拠してきた色んな哲学の不条理性を説いた。それになんぼかこの世の基本原理の秘密も打ち明けてくれたんやけど、わしはその恩恵と所有権を誰とも分かち合いたない。閣下は世界中の至る所で被っているどんな悪評についても不満はなかった。そんで自分がいちばん「迷信」を打破しようとがんばってるんやと自分で言い切った。閣下は一度だけしか自分の力に不安になったことはないと認めた。それはある日、他より賢い説教師が教壇からこう叫ぶのを聞いた時やった。
「親愛なる兄弟たちよ。知識の光明を褒めそやすんなら、絶対忘れたらあかん。悪魔がいちばんやりたいんは、自分が存在せえへんと信じ込ませることなんや」
 この高名な雄弁家の回想は、自ずとアカデミーに関するものに移って行った。わしの奇妙な会食者は明言した。大体は啓蒙主義者どもの書くもんとかしゃべることとか信念とかにひらめきを与えてやるのにもやぶさかではない。それに大抵自分から、姿を隠してはいるけどあらゆるアカデミーの会合に参加してるらしかった。
 多大なる厚情に調子づいて、わしは閣下に神さんはどないしてるんか、近頃会うたんか聞いてみたんや。閣下はこたえたけど、その素っ気なさはどっか悲哀があった。
「顔を合わせたら挨拶はするわ。せやけど生来の礼節をもってしても過去の遺恨を決して拭い去れない、二人の老貴族みたいなもんなんや」
 閣下は一人の人間にこんな長いこと謁見したことなかったんやないかな。わしは甘えすぎちゃうか心配になった。ついに夜明けの光が窓に白く揺らめく時分、あまたの詩人に歌われて、知らんうちに彼を賛美するために働いたあまたの哲学者にかしづかれたこの高名な人物はわしに言うた。
「わてあんさんに、わてにまつわるええ思い出を持ってて欲しいねん。わては非道い悪もんや言われるけど、あんさんらの通俗的な表現を使うて言うなら『悪銭身につく』こともあるんやと証明したいねん。あんさんが自分の魂について犯した取り返しのつかへん損失の埋め合わせに、もし幸運に恵まれてたとしたらあんさんが手にしていたはずの掛け金を差しあげまひょう。あんさんは全人生に渡って退屈っちゅう不可解な感情を取り去って克服できるんや。退屈はあんさんのあらゆる病癖の元凶で、あんさんに進歩があらへんのは皆あのせいなんや。あんさんは凡庸な同胞たちの上に君臨するようなる。ちやほやされて崇められすらすんで。金銀財宝、夢みたいにきれいなお城が、あんさんを求めてやって来て何もせんでも受け取って欲しい言うて来るやろう。あんさんは想像の命じるままに何度でも国や地方を作り替えるんや。こんな魅惑的な国で、あんさんは倦むことなく悦楽に浸るやろう。そこはいっつもあったかくて、女は花みたいにええ香りがすんねん。そんで、そんで・・・」
閣下は立ち上がりながら付け加えて、にっこり微笑んでわしに帰りを促した。
 もしもわしがみんなの前で恥かいてもええと思えてたら、よろこんでこの気前のええ賭博師の足下に身を投げ出して、前代未聞の鷹揚さに感謝したやろな。せやけど閣下と別れてからちょっとずつ、拭いがたい疑心が胸にわき起こった。わしはもう、あんなどえらい幸運をあえて信じる気にはならへんかった。寝に行く時、アホみたいな習慣の名残から未だに祈りを捧げて、うとうとしながらこう繰り返しとった。
「偉大なる神よ、どうか悪魔に約束を守らせておくんなはれ」


30 紐  エドワール・マネに


 友は僕に語った。幻覚というのは恐らく、人間同士の関係や人間と物との関わり合いの分だけ数限りなくあるものだ。幻覚が消え失せて人や物を我々の外界で存在するままに認識すると、違和感を覚える。半ば消えた幻影を惜しむ心と、半ば現実のもの、斬新なものを前にした快い驚きとがあいまった複雑な感情である。自明のことで当たり前でいつも変わらず、その本質を見誤りようもない、そんな現象がもしあるとすればそれは母性愛である。母性愛のない母親を想定するのは、熱のない光を想定するくらい難しい。子どもに対して母親のとるどんな言動も母性愛によるものだとするのは、まったく正当なことではなかろうか。ところで、ちょっとした話を聞いてもらいたい。最も当たり前の幻覚に、僕は奇妙にも裏切られたのだ。

 画家という仕事柄、僕は道すがら出会う顔や表情を注意深く見ずにはいられない。我々の目に日々の生活を、他の者たちが見るよりも生き生きと有意義に映し出してくれるこの能力がどんなに喜ばしいものか、君にはわかるだろう。僕が住んでいるような辺鄙な地区には、建物がなくて芝で覆われた広い土地が未だにある。そこで僕はよく、ある子どもを観察していた。鮮烈な悪戯っぽい表情が他に傑出していて、誰よりも惹きつけられた。彼は一度ならず僕のモデルになった。僕は彼をある時は流れ者に、ある時は天使に、またある時は神話の愛の神に変身させた。放浪者のバイオリンを、受難にまつわる茨や釘を、エロスの灯火を彼に持たせた。僕はついに、この少年の愉快な仕草が何もかもあまりに好きになってしまった。そこである日両親に、貧しい人たちではあったが、この子を譲ってくれと申し出た。いい服を着せるし、小遣いもやる。僕の筆を洗ったり使いをしたりする以外にはどんな苦労もさせないと請け合った。その子は顔を洗うと愛らしくなった。両親のぼろ家でどんな扱いを受けていたにせよ、それに比べれば僕の家での生活は天国みたいなものだった。ただこの小僧は時々驚くような年に似合わぬ奇妙な悲しみの発作に襲われたし、それにすぐに砂糖と酒を節操なく欲しがるようになったと言っておかねばなるまい。とうとうある日、再三の注意にも関わらず彼がまた似たような盗みをやらかしたとわかった。僕は彼を、両親のもとへ突き返すぞとおどかした。そして僕は出かけたのだが、事情があって家を随分長く空けることになった。

 何と驚き震え上がったことだろう。家に戻って先ず目に飛び込んできたのは僕の人生の茶目っ気な伴侶であるかの小僧だったのだが、何と戸棚の間仕切りにぶら下がってたんだ!彼のつま先はほとんど床に触れそうだった。恐らく足で蹴飛ばしたのだろうが、椅子がそばにひっくり返っていた。彼の頭は肩の上で、引きつったように傾いでいた。顔は腫れ上がり、両目は大きく見開いたまま不気味に一点に固定していた。そのせいで、はじめは生きているのではないかと錯覚した。これを降ろすのは普通思うより骨が折れた。既に硬直が強く、いきなり床へ落とすことになるのは言いようもなく嫌だった。だから片手で紐を切りながらずっと腕に支えていなければならなかった。それだけではない。この悪戯者はとても細い紐を使ったので、肉に深く食い込んでいた。彼の首を外すには、むくんだ二つの皮膚のたるみの中から細いハサミを使って紐を探さなくてはならなかった。
 言っていなかったが、僕は必死で助けを呼んでいた。しかし近所の人たちは皆、助けに来るのを拒んだ。どういうわけか首を吊った人間なんぞとは断じて関わり合いたくないという都市に住む者の慣習に従ったのだった。やっと医者が来て、子どもは何時間も前に死んでいると言った。その後埋葬するために服を脱がしたが、手脚を曲げられないほどに死後硬直が強かったので、取りのけるには服を切ったり裂いたりしなければならなかった。
 警察には当然事件を報告したが、僕を眺め回して「怪しいですな」と言った。恐らくは無罪であっても念のため有罪と同じに脅かすのが職業病になっているに違いなかった。

 果たすべき最大の勤めが残されていた。そのことを思うだけで僕はひどく不安になった。両親に知らせねばならなかったのだ。足はそちらへ向かなかったが、ついに僕は勇気を出した。だがはなはだ驚いたことに母親は平然としていた。目尻に涙が浮かぶことすらなかった。僕はこの異様さを、彼女も感じているに違いない恐怖心のせいにした。『最も激しい苦悩は言い表せないものだ』という格言を思い出したのだ。父親は半ば茫然とし、半ば夢見るようにしてこう言ったにすぎなかった。「結局きっと、これ以上は望めなかったのさ。どう転んでもましな死に方はしなかっただろうよ」
 遺体は僕の長椅子に横たえられていて、召使いに手伝われながら僕は最後の準備に取りかかっていた。その時母親がアトリエに入って来た。彼女は息子の死体を見たいと言った。僕は実際、彼女が自らの不幸に酔うのを邪魔することも、最後の暗澹とした慰めを得るのを拒むこともできなかった。それから彼女は、子どもが首を吊った場所を見せてくれと言った。「いけません!奥さん、ご気分を悪くしますよ」とこたえたが、無意識のうちに僕の目は死の面影の残る戸棚へ向いていた。僕は恐れと怒りの入り混じった不快感を抱いた。釘が間仕切りに刺さったままで、紐の長い切れ端がまだ垂れ下がってるのが目に入ったのだ。僕は大急ぎで惨劇の最後の名残をむしり取った。そして開いた窓からそれを外へ投げ捨てようとした時、その貧しい女は僕の腕をつかんで、やむにやまれぬ声でこう言った。「ああ、どうかそれを私に下さいまし!後生でございます!どうか!」彼女はきっと悲しみに取り乱すあまり、今は息子の死にまつわる物を持っていたいという思いに駆られてこのような恐ろしくも二つとない遺品を欲しがるのだろう。そう僕は思った。彼女は釘と紐を引ったくった。

 やっとのことだ!すべてが片付いた。また仕事に戻るのみとなった。大きく見開いた両目が思い浮かんでは僕を疲弊させるあの悪戯小僧を僕の脳みその襞の中から徐々に追い出してやろうと、いつもよりてきぱきと働くことにした。だが翌日、僕は手紙を受け取った。僕のアパートの下宿人か、近隣の人たちからだった。これは二階から、これは三階から、これは四階からといった具合だ。あるものはふざけ半分で、要求の真剣さを冗談で隠そうとしているようだった。またあるものは慇懃無礼で、綴りもなっていなかった。しかしいずれも目的は同じだった。僕からあの不吉な、それでして幸運をもたらすというあの紐の切れ端を手に入れようというのだった。手紙をよこしたのは男より女が多かったと言っておかねばならない。だがすべてが下層階級や庶民からではなかったこともどうか信じてもらいたい。僕は手紙をしまった。
 その時突然、僕の頭に光明が差し込んだ。あの母親がどうして懸命に僕から紐を奪い取ったのか、それでどんな商売をして慰みを得ようとしたのか僕は理解したのだった。


  ひも


 友はわしに話してくれた。幻想っちゅうのはきっと、人と人、人と物との関わり合いの数だけ限りなくあるもんなんや。幻想が消え失せて人や物を自分らの外界で存在するままに認識したら、変な感じすんねん。幻想が消えて残念なんと、現実の新鮮なもんを目の当たりにした気持ちのええの驚きが半々の、複雑な感じなんや。わかりきった、ありふれた、どれも似たような、その性質を勘違いしようもないそんなもんがもしあるとすれば、それは母性愛や。母性愛のないおかんを想定するんは、熱のない光を想定するくらいむつかしいことや。子どもに対しておかんが取る言動は皆母性愛から来てるんやというんは、当然のことやおまへんか。そこでな、ちょっと話を聞いてもらいたいねん。いちばん当たり前なはずの幻想に、奇妙なことにわては裏切られたんや。

 画家という職業柄、わては道すがら出会う顔とか表情をじっと観察せんとおられへん。あんさんにはこの能力がどんなに楽しいもんかわかるやろう。日々の生活を他の人らが見るより有意義に見せてくれんねん。わてが暮らしてるような辺鄙なとこには、建物が建ってない草ぼうぼうの広い土地がまだあんねん。そこでわてはしょっちゅう、あるガキを観察しててん。誰よりも人目を引く悪戯っぽい顔をしてて、いちばん気に入ったんや。そのガキは何度もわてのモデルをした。わてはそいつをある時は浮浪児に、ある時は天使に、またある時は神話の愛の神に変身させた。放浪者のバイオリンを、受難の茨や釘を、エロスの灯火を持たせた。そんでついにこのガキのおもろい振る舞いが何もかも好きになりすぎて、ある日両親に、貧乏人やったけど、この子を譲ってくれ言うてん。ええ服着せるし、小遣いかてやる。わての筆洗うたり使いをしたりする以外、何も苦労はさせまへんと約束した。ガキは顔を洗うたらかいらしなった。両親と暮らしたあばら屋でどんな扱いをされてたにせえ、それと比べたらわての家の生活はこのガキにとって天国みたいなもんやった。ただこのガキはたまにびっくりするような年不相応の奇妙な悲しみの発作に見舞われたし、それにすぐに砂糖と酒に糸目がのうなったことを言うとかんとな。とうとうある日、さんざん注意したのにこいつまたおんなしような盗みをやらかしたことがわかってん。わてはこいつを親元へ突き返したるわ言うておどかした。そんでからわては外出したんやけど、用があって随分帰るんが遅なった。

 どんだけ腰抜かして恐ろしい思いしたか。家帰って先ず目えに飛び込んで来たんはわての相棒のいたずらっ子、例のガキやったんやけど、何と戸棚の間仕切りにぶら下がっとってん。つま先は床すれすれやった。多分足で蹴飛ばしたんやろうけど、椅子がそばにひっくり返ってた。ガキの頭は肩の上で、引きつけを起こしたみたいに傾いてた。顔は膨れて、両目は大きく見開いたまま気味悪く一点に固まってた。そのせいで最初は生きてるんかと勘違いしたんや。これを降ろすんは普通思うより大変やった。もう硬直が強くて、どすんと床へ落としてまうのはどうしょうもなく怖気が立った。片手で紐を切りながら、ずっと腕で支えたらなあかんかった。それだけちゃうねん。このクソガキむっちゃ細いひも使いよったさかい、肉に深く食い込んどってん。首を外すには、細いハサミでむくんだ二つの肉のたるみをかき分けて紐を探さんならんかった。
 言うてなかったけど、わて必死で助けを呼んでたんや。そやのに近所の奴らは誰も来てくれへんかった。何でや知らんけど、首吊りなんぞとは絶対関わりたないっちゅう文化人のやり方に習ったんや。やっと医者が来て、子どもは何時間も前に死んどる言うた。そんでから埋葬するために服を脱がしたんやけど、手脚を曲げられへんほど死後硬直がきつかったさかい服を切ったり裂いたりせんとあかんかった。
 警察には当然事件を届け出たけど、わてをじろじろ見て「くさいな」言いやがった。多分無罪でも念のため有罪みたいに脅かすんが職業病になってんやろな。

 いちばんやらなあかんことが残ってた。そのことを思うだけでわてはむっちゃ不安になった。両親に知らせなあかんかったんや。足はそっちに向かなんだけど、やっとわては勇気を振り絞った。せやけどほんまびっくりやけど、おかんは平然としとった。目尻が潤むことすらなかった。わてはこの人もきっと怖い思うてるからやろうということにした。『苦悩がいちばん激しい時は言葉にでけへん』っちゅう格言を思い出したんや。おやじは半ば茫然として、半ば夢見るようにこう言っただけやった。「どないにしても多分これ以上は望めへんかったんや。どう転んだかてましな死に方はせんかったやろう」
 遺体はうちの長椅子の上に横たわってた。召使いに手伝わせてわては最後の支度をしてた。そん時おかんがアトリエに入って来た。おかんは息子の死体を見せてくれ言うた。実際わては、おかんが自分の不幸に浸るのを邪魔すんのも、最後の暗澹とした慰めを得ることをあかんと言うこともでけへんかった。次におかんは、子どもが首吊った場所を見せて言うた。「やめときなはれ、奥さん。具合悪なるよ」言うたんやけど、知らん間にわての目えは死の面影が残る戸棚の方を見てた。わては恐れと怒りの入り混じった不快な気持ちになった。釘が間仕切りに刺さったまんまで、ひもの長い切れ端がまだ垂れ下がってんのが見えたんや。わては慌てて惨劇の最後の名残をむしり取った。そんで開いた窓からそれを外へ捨ててまおうとした時、その貧しい女はわての腕をつかんで切羽詰まった声でこう言うた。「ああ、お願いやしそれちょうだい。頼むわ、どうか」おかんはきっと悲しみに取り乱すあまり、今は息子の死にまつわるもんは持っときたいいう思いに駆られてこんな恐ろしくてもかけがえのない遺品を欲しがっとるんやろう。そうわては思た。おかんは釘とひもを引ったくった。

 やっとやっと、みんな片付いた。また仕事に戻るだけやった。いつもより熱心に働いて、わしの脳みその襞の中に取り憑いて大きく目え見開いたまんまでわてをげんなりさせるあの悪戯小僧を、ちょっとずつ追い出したろうとした。やけど次の日、わては手紙を受け取った。わてのアパートの下宿人とか近所の人らからやった。これは二階、これは三階、これは四階っちゅう感じや。ふざけ半分で要求の真剣さを茶化してるみたいなんもあり、慇懃無礼で綴りもなってへんのもあった。せやけど皆目的はおんなしやった。わてからあの不吉でありながら幸運を授けてくれるっちゅうひもの切れ端をもらおうというもんやったんや。手紙をよこしたんは男より女が多かったと言わなしゃあないな。そんでもみんながみんな下層階級とか庶民やなかったんやで。わては手紙をしまっといた。
 そん時突然わてはわかったんや。あのおかんがどないしてあんなに一生懸命なってわてからひもを奪い取ったんか、そんでどんな商売して慰みを得ようとしたんかな。


  

 

inserted by FC2 system